幕間 好きなひとが彼女とデートしてた

「――あ゛ぁ゛、あ゛あ゛っ、あ゛あ゛あ゛、ああああ……」


 悪夢のような日曜日の青春真っ只中。つい、JKと思えない濁音付きの声が出た。

 さて皆様は人生をいかがお過ごしでしょうか? ウチは絶望を過ごしています。

 きっと誰しも経験があるはずだと思うんだけどね、ふとした時に昔の失敗を思い出して泣きたくなることがあると思うんだ……あるでしょ? あるよね? あるって言って?


「紹介するわ、こちら久住春乃先輩。で――俺の彼女」

「え」


 ぬわぁあああああっ、もうヤダもうやだぬんのああああっ! この仕打ちはひどいよ、あまりに心がない! ひどすぎる! あんなのもう浮気だよ! ゛うわぎだよぉぉっ!

 うぅ……どうして? どうしてもっと早く行動に移さなかったんだよウチぃいっ!

 なんて。最近はホント、寝ても覚めてもおんなじことばっかり考えちゃう。

 でもそりゃそーだよ。ママを恋愛対象なんておかしいよねっ! あ、あああぁ……。


「秋那、いつまでそうしているの。あなた今、人面ゼリーみたいになっているわよ」


 いきなり上の方から瑞希ちゃんの平べったい声が聞こえて。そういえば電車に乗ってたことを思い出した。自分以外のみんながとっても大きく見えるなぁ、フシギー。


「瑞希ちゃん……ウチは、どうやったらここから人生を挽回できるかなぁ」

「そうね。友情、努力、天運じゃないかしら。今の秋那にはどれもないけれど」


 ひどい。傷だらけの心に正論は良くないと思いま――え、友情もないの?

 た、確かに友情は恋愛が絡むと恐ろしい速さで崩壊するってママが言ってたけどぉ!


「ウチにはもう、ツッコミを入れる気力もないんだよ瑞希ちゃん……」

「そうね。入れられたいものよね、普通なら色々と」

「う、うぅ……」


 下ネタへの誘導に付き合いたくなくてふと顔を上げてみたら、まるで可哀想な生き物を見るような。それでいて外れていく周りの視線が胸にグサッときて辛かった。


(やめてそんな目でウチを見ないでぇ! 見ちゃダメ! クラスの皆みたいにチケットを咄嗟に隠したウチを「あっ(察し)」って感じで目を逸らすのはやめてぇええっ!)


 あ、なら心を閉ざせばいいんだ。そうだよ心があるから傷つくんだよ、えへえへ。

 現実から身を守る手段を思いついた途端、祝うみたいに電車が止まってドアが開く。

 ちょっと嬉しくて笑顔のままホームへ降りた。よぉし、とりあえず今は映画を楽し――


「この前、告られたんだけどさー。好きでもないのに告られるのダルくね?」

「分かるわぁー。好きでも何でもないから素でいられるだけなのに勘違いやーつ」

「うわぁあああああっっっ!? 勘違いしてごめんなざぁあああいっ!!」


 瞬間的に哀しみが限界を超えて頭身が下がり、身も心もみるみる縮こまっていく。

 最近はちょっと気を抜くともうこんな感じで、きっとウチは根っからのスピードタイプなんだと思う。まぁでも? 恋愛は出遅れるんだけどねぇあああああああんっ!


「な、なんだあの作画崩壊した粘性生物みたいなのは……」

「知らね。まぁとりあえず、最近振られたんだろ? 南無」

「あぁー」


 後ろから手を合わせるかすかな音が聞こえてくる。あふれる涙が止まらない。

 そのまま一心不乱に階段をのぼり、改札を抜けて。なんとか太陽の下へ辿り着いた。


(ぐわあっ。ま、眩しい! 世間はこんなに明るいのにウチには冷たいのどうじで!)


 しかも休日の真っ昼間なせいか、やたら都合よくカップルが目についちゃう。

 し、死ぬ! この空間はウチの心を遠慮なく削っていく! 怖い、人間がコワい!

 だから居ても立っても居られず、駅前噴水広場にある草むらへと隠れることにした――筈がすぐ見つかって。それからウチを拾った瑞希ちゃんは、やっぱり無表情で言った。


「秋那、高校時代の恋愛が人生の全てというような考え方はよくないわ」

「そんなの上手くいかなかった大人の詭弁だよっ! 幸せは長い方が良いんだよぅ!」


 たとえば高校時代からずぅっと付き合って結婚したような人は、学生のうちに恋愛した方がいいってきっと言う。言わないわけがないっ! う、羨ましいぃ。

 じゃあ反対に高校時代は失恋続きの場合、更に二パターンに分かれ……別れてっ!?

 よ、よーするに。今が幸せか、そうじゃないか。その差で言葉の意味が変わるの!

 ――あれ。なんかこれ、瑞希ちゃん寄りの思考になっちゃってるような。うぅ、擦れた人間になりたくないよぉ。だって瑞希ちゃんゼッタイ、同じタイプと共存できないし。


「えぇ、わたしもそう思うわ。まるで大人の自分から滲む負け惜しみに感じるもの」

「じゃあなんで言ったんだよぉ……ウチは瑞希ちゃんがたまによくわかりません」

「まあ、悲しい。けれどそんなことより、わたしは秋那とクレープが食べたいわ」


 あんまり悲しくなさそうな顔で答える瑞希ちゃんはホント、いつもどーりだった。


  *


「でも。実際これからホントの本気で、ウチはどうしたらいいんだろう……」

「とりあえず日焼け跡でもつけて、脱げばいいんじゃないかしら」


 商業施設内を歩きながらなにげなく吐露した気持ちに対する返答は、あまりに無責任なものだった。アーモンドバナナチョコスペシャルを頬張る口もさすがに止まる。


「? 急にかわいこぶってどうかしたの」

「ちがうよ、瑞希ちゃん。これは怒ってるんだよっ」

「あら怖い」


 唸りながらクレープをさらに一口。いくら恋愛とかに疎いウチでも、ドラマやマンガでえっちな役回りが基本的に戦いを制せないくらい知ってるんだからねっ!

 と、ややガニ股で通路を歩く姿は子供っぽい気がした、ちょうどその時である。


「――HEY! そこの迷える仔猫ちゃんたち!」


 いきなり笑顔で器用に並走してきたのは、雰囲気からしてたぶん大学生。

 頭のてっぺんからつま先まで軽そうなのと、元野球部な感じのおかしな二人組だった。


「昨日。おれたち夢で会ったと思うんだけど、今からお付き合いドゥっ!?」

「い、今どきナンパなんているんだ。しかもこんなとこで」


 ……あっ、素直に無視すればよかった。反応したら無駄に喜ばせるだけだよね?

 これには瑞希ちゃんもわかりやすく飽きれてた。ご、ゴメンね!


「いるよーん。SNSは色んな意味で地雷が多すぎて原点回帰ってなわけ」

「なんつってもマチアプとかと出会える層が全っ然違うっスからね」

「へ、へぇ。そ、そうなんですか」


 すっごくどうでもいいデス。大体ウチ、LINE以外は特にやってないし!

 なんて思っていたらさりげなく密着を試みてくるので距離を取る。ヤだなぁ……。


「うわ、今すっごいどうでもいいって顔してる。これって以心伝心?」

「ちがいますっ」

「キミもクールでいいね。どう? 一緒にカラオケでも行か――」


 つい後ろに隠れちゃったから当然だけど、代わりに瑞希ちゃんが肩へ手を回される。

 そして相手を心配した時にはすでに。ぽきっ、という軽すぎる音が聞こえてきた。


「ぽき?」


 首を傾げても、もう遅くて。空気より軽い小指はきれいに折れちゃってる。

 よ、容赦ないなぁ。そのあとも瑞希ちゃんは無表情のまま次々と指を折っていった。

 あれは瞬間的に折って戻してを何回か繰り返す匠の技らしく、折れた状態で長時間放置されなければあんまり痛みがない、とは信二くんの体験談という……。


「左手」

「あっ、はい」


 まるで猛獣と遭遇した子犬みたいな素直さで、だらんと垂れ下がっていく指たち。

 それから遅れてきた痛みで正気に戻れたのか、表情はどんどん崩れていった。


「や、ヤベェぞこの女! 〝わたし、男に一切興味ありませんけど?〟な見かけによらずパワー系の粘着ストーカータイプだッ! お、おれには肌感覚でわかるッ!」

「マジっスか。哲二てつじくんのきめ細かやかな肌感覚センサーが言うなら間違いねェっス!」


 どういうことなのっ!? た、確かに悪く言ったらそういうとこはあるかもだケド。


「撤退だ矢田やた、もっと頭と股が緩い女と出会いに行く! ついでに女医さんにもだ!」

「ウス! そんじゃお二人さん、百合の間に挟まろうとしてすんませんした!」


 言動からして後輩っぽい方が一方的に、いきなり頭を下げてくる。

 かと思ったら二人は、別の女の子に声をかけるべくさっさと去っていった。

 あの振られてもくじけない心はちょっとだけ見習うべきかもしれない。というか、


(ゆ、百合ってなに…………)

「恋人同士のように見える女の子よ」

「そ、そうなんだ……」


 目線だけ向けてもちゃんと返事が返って来た。何でも知ってるなぁ、瑞希ちゃんは。


「でもやっぱり瑞希ちゃんはカッコいいよね」

「惚れたかしら」

「男の子だったらね」

「残念だわ」

「嘘ばっか――――り、ぃ……あ、ぁっ? え、えっ、ちょっと待って。うえぇ?」


 瑞希ちゃんがペーストみたいにうすーく笑った、その後ろ。三階から二階に折り返しのエスカレーターで降りてくる、信二くん。それと……そっ、そそそ、それとっ。


「あら、誰かと思えば捨て犬と泥棒猫じゃない」


 ドロボー猫っ! 許せない! そんな権利ウチにないケド……ってなんで捨て犬!?


「ところで知っている、秋那」

「な、なにを?」

「すべての純愛は失恋と寝取られの導入で、伏線なのよ。通じているの」

「それはたった今、傷心中の親友にかける言葉なのかなぁッ!?」


 もっと優しくしてくれてもバチは当たらないと思う。瑞希ちゃんがそうしてくれたら、現実から目を背けて友情に生きるとか、心にもないことが言えるかもしれないのに。


「ウチ、さっきのでわかっちゃったよ。好きでもない相手からこう、ぐいぐい迫られてもなんかちょっと、あんまり嬉しくないなって……だから、ウチはもぅんんぐっ」


 諦めが喉から出そうになったその時、瑞希ちゃんの手にむぎゅッと口を塞がれた。

 珍しくちょっと怒ってるみたい。なんたって眉毛が2ミリ険しくなってるもん。


「秋那。そういう弱い自分を誤魔化して覆い隠すための、鬱陶しい優しさは捨てなさい。モテないわよ? あなたが異性として好きになるような相手からは絶対に、必ず」

「わ、わかってるよ。でも、だけどっ、とにかく正しさは胸に響かないよ……っ!」

「けれど現実逃避が行き着く先は現実改竄よ。そのうち秋那、本当に付き合っているのは自分みたいな結論を出した後、二台持ちのスマホでおままごとを始めたの。可哀想に」

「未来完了形なのっ!? そ、そこまではウチもしないよ!」


 たぶん、きっとゼッタイ。もう九十九割、確実にあり得ない……筈。


「なら、うじうじ腐っている場合かしら。せっかくルール無用が恋愛のルールなのに」

「そ、それは……そう、なのかもしれないけど……う、うぅ」


 でもじゃあ、どうしたらいいの? あの先輩の悪いところを言いふらすの? そんなの意味ないよ。むしろ嫌われるだけだよ! 相手も自分の価値も下げるだけだよ……。


「いい、秋那。今はワガママを押し通せる自分勝手な人間が得をする、やったもん勝ちの時代なのよ。受け身で真面目な人間は損をするだけ。ゼロじゃなく、明確なマイナス」

「……そ、そうなの?」

「えぇ、そうなの。いつまでも花束を大切に抱えていたって、幸せにはなれないのよ」


 いつもの調子で大胆すぎることを平然と言えちゃう瑞希ちゃんは、やっぱりすごいなぁと思いました。でも、ウチがそのメンタルを見習うのはちょっと難しいです。


  *


(はぁ……)


 体育の授業中。今日も今日とてなにも手に着かない無力感とか、脱力感みたいなものがウチを包んでいた。二人三脚なんてそりゃー、一緒にやれたら嬉しいケドさ。

 体格差的にタイムを出すのは無理があるので期待は無駄なのだ! それよりも、


(今までちっとも気にならなかったのに。クラスの子と話したり走ったりしてるの、遠くから……関係ないとこからっ、遠くからぁっ! 見てるのもイヤになるウチって……)


 正直、かなり自己嫌悪デス。そしたら瑞希ちゃんは「秋那も結局、女ね」とか言ってたけど、最初から女の子だよ! むしろウチを何者だと思ってたのっ!?

 そんなことを思い返してたら、やっと信二くんと二人三脚する順番が回ってきて――


「なぁ、柚本。俺ひとりで走った方が速く、ママには包容力がある。後は理解わかるな?」

「エ゛ッ!? そ、そんなの無茶苦茶だよ? たぶん上手くいかないよっ」

「上手くいくかなんてやらなきゃ分からないだろ! いいから抱け、俺を! 早く!」

(~~っ! ――――ッ!? ……やってみなくちゃ、わからない?)


 そうだ、そうだよ。初めて付き合った相手とずっと上手くいくとは限らないよっ!

 三ヶ月とか、ひどい時は数週間で別れるってネットに書いてあった! それに――


(キスとか他の色々も普通まだしないだろうし、大丈夫だよねっ! ……ねっ!?)


 とりあえず今はしがみついて行こう! えへえへ。この走り方はどう考えても想定外のルール違反な気がするけど、なんだかもうなんでもいいかなって思えるウチだった。

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