第040話 半端者

「……何してるの?」


 勝利の余韻も束の間。セブンが懐疑の眼差しを向ける。雨の中で佇み、拳を握っては開きと繰り返す男の様が、さぞかし珍妙に見えたのだろう。語気が若干冷えていた。


「その不審者を見る様な目つきを止めろ。黒影が使ったあの奇妙な力サイコキネシス…… もしギフトだったら、奪えるんじゃないかって……そう思ったんだよ」

「……で? 結果は?」


 返答の代わりに両手を上げて、肩を竦める。


 ギフトは人にのみ宿る。

 他の生命体――例えば動植物や、今回で言えば幻獣。そういった類がギフトを使役したと言う前例は、これまでに確認されていない。


 だが、ユーステスは一縷の望みに掛けていた。もしもあの力サイコキネシスが使える様になるのなら、復讐に大いに役立つ。そんな甘い目論見が、脳裏を掠めていた。


「相手が幻獣だったから奪えなかったのか。ギフトとは関係なく、黒影に備わってた異能なのか。それとも――」

「……魔眼だね」


 間髪入れず、セブンが答える。


「……魔眼ねえ。やっぱそれか……」


 黒影の死骸にちらりと目を向ける。額の眼球はセブンの一撃により潰され、未だ赤黒い血が流れ出ていた。


 先の戦闘。

 黒影の額の瞳が怪しく輝き出したと同時に、肉体の自由が奪われた。であれば当然、瞳に関する異能――魔眼だと結論付けるのが道理だろう。


 魔眼は偽神触媒ぎしんしょくばいの一種である。神の奇跡を宿した道具の総称――偽神触媒。その中に、瞳のカテゴリーが存在する。瞳を肉体へと埋め込むことで、対象に能力が発現する。


 故意にそれは、だ。

 なぜ黒影が魔眼を宿していたのか、疑問は残る。



 黒影の死骸に意識が向く最中、ぴちゃりぴちゃりと泥濘を蹴る音。


「ユース、テス…… セブン、おねえ、ちゃん……」


 後方で控えていたアイムが、草陰より顔を出した。雨が降りしきる中、ふらふらとした足取りで近づいてくる。ゆったりとした歩みだ。いてもたってもいられず、すぐさま駆け付ける。


「アイム、良くやってくれたよ! あの雷、お前のギフトだろ? 凄いじゃないか! あれが無かったら、俺もセブンもやられてたぞ!」

「えへへ……うまく、行った、ね……」


 賛辞の祝福で出迎えるも、何やら様子がおかしい。アイムの呼吸は粗く、足元も覚束ない。喋るのもやっとと言った風に感じられた。


「アイム……?」

「二人とも……無事で、ほんと……良かっ――」


 言い終えるのを前にして、アイムの体勢が崩れる。地面にぶつかる刹那、何とか手を伸ばし、その身体を支える。


「アイムっ――!! おいっ!!」

「はあっ……! はあっ……!」


 浅い呼吸を繰り返す。

 服越しからでも分かる程に、熱を持った体。


「ううっ……!」


 苦しそうに身をよじるアイム。


 ギフトによる、反動だ。


 なぜ直ぐに思い至らなかったのか。アイムのギフトは肉体に負荷が掛かる――あれだけ言って聞かせていたにもかかわらず、注意を促していた本人がこのざまか。完全に浮かれていた。


「しっかりしろ、アイムっ!!」


 身体を揺すり呼びかけるも、アイムの意識はだんだんと希薄になって行く。

 局所的とはいえ、あれだけの大雨を短時間で降らした上、雷を操る程の大技をやってのけたのだ。


 その結果どうなるか、容易に想像が出来る。

 いや――


 しなければ……いけない立場だったろうに。


「くそっ! 大馬鹿かよ、俺はっ!」


 アイムを抱く手に力が入る。そのすぐ隣に佇むは、事の成り行きを黙って見守っていたセブン。ユーステスを見下ろしながら、声を掛けた。


「生き残ってるヘルハウンドがいないか、確認してくる。アナタは先に街へ戻ってて。この子、休める場所に連れてった方が良いでしょ?」


 そう言い残すと、セブンは洞窟の方へと姿を消した。ユーステスは「すまん……」と一言呟くと、アイムへ向き直った。


「待ってろアイム! 直ぐに戻るからな!」


 ♢


 森を抜け、街道を走る。これで四度目となる、勝手知ったる道中だ。背中では未だ苦しげな呼吸を繰り返すアイム。


 遠方に見える関所。あれを潜れば、ヘイムダルまであと僅か。先ず向かうべきは"山猫亭"。ベッドにアイムを寝かし、医者を手配する。


 伝手ならある。


「もう少しだ! もう少しだから……!」


 それはアイムへの語り掛けと言うよりも、自身への発破だった。黒影との戦闘で、肉体はとうに限界を迎えていた。傷が疼き、体力は底をついている。肺が裂けそうなほどの苦しみが全身を襲う。


 が、休んでいる暇など有りはしない。


 関所を通過し、ヘイムダルへと足を踏み入れる。そのまま"山猫亭"まで辿り着くと、身体全体を使って、扉を押し開けた。濡れた衣服はすっかり乾いており、身体をこすりつけると同時に、黒衣にこびり付いた泥がぽろぽろと足下へ落下した。


「メノウ……! メノウは、いるかっ……!」


 店内に足を踏み入れ、息も絶え絶えに視線を彷徨わせる。昼間から酒を仰いでいた数人の客が一瞬こちらを見るも、皆が目を背け、我関せずを決め込んだ。面倒事には頭を突っ込まない、他人の詮索はしない。それが"山猫亭"での、暗黙のルールである。


「ちょ、ちょっとユーステス! どうしたの!? そんな格好で――」


 ユーステスの声を聞きつけ、店の奥からメノウが顔を出す。


「メノウ! 頼む! エデンの本部から、ロゼを連れて来てくれ!」


 メノウに頭を下げながら、同時に自分の部屋を目指して店内を歩む。ユーステスのただならぬ気配を悟ったのか。メノウはしり込みしながらも、意を決した。


「……なんか良く分かんないけど……分かった! でも、ちゃんと後で説明しなさいよ!」

「すまん…… ロゼを連れて、部屋まで来てくれ……!」


 謝ってばかりだなと、改めてそう思った。セブンにメノウ、二人の顔が思い浮かぶ。何もかも、他人任せもいいとこだ。


 当然ながら、ユーステスに医学の教養など有りはしない。知識を持つ人間に出向いてもらうより他にないのだ。


 部屋の扉を開け、アイムをベッドに横たえた。毛布を掛け、厨房のマスターより冷水を借り受ける。体がまだやや熱いため、患部を冷やす。だがこれ以上、自分に出来ることは何も無い。アイムの手を握り、ただ祈って待つだけの時間が過ぎる。



 己の無力さに……腹が立つ。


 誰かの力を借りなければ、何一つとして立ち行かない。


 自分自身が傷付くのであれば、問題ない。

 だが、大切な仲間が自らの過ちのせいで傷付くのは、耐え難い苦しみだ。



 復讐の為――もっと俺に、力があれば。故郷を襲った宿敵を見つけ出し、この身一つで殺してやる。皇帝ルシウスの喉元へと迫り、刃を突き立てて見せる。


 或いは、非情になるだけの覚悟があれば。他の全てを利用し、使い潰してでも、復讐を成し遂げる――そんな冷酷な意志が、俺に備わっていれば。これから先も迷い無く、突き進んで行けるだろう。


 力も無い。

 覚悟も無い。


 その癖一丁前に。

 護りたいものばかりが――多過ぎる。


「だから半端野郎なんだよ、俺は……」


 絞り出す様な独白は、しかし誰に聞かれる訳でもなく。そのまま虚空へと消え去るのだった。


 ♢


 アイムの呼吸に合わせ、毛布が上下する。部屋には静かな寝息を立てるアイムと、ユーステスの他に、メノウと、もう一人――茶髪の女の姿があった。


 接客を途中で抜け出したメノウが彼女を引き連れ、戻って来たのがつい先ほど。その間で、アイムは眠りについていた。


「どうだ……ロゼ…… アイムの容体は……」

「そんなに心配しなさんな、ユーステス。命に別状はないよ。こりゃ過労ってとこだね、うん」


 ロゼと呼ばれた茶髪の女はユーステスへ向き直ると、あっけなくそう返答した。その顔は右目を眼帯で覆い隠しており、人目を引く。が、より特徴的なのは、彼女の衣服の方――ロゼは修道服に身を包んでいた。


「メノウが随分と騒いでたもんだから、何事かと思ったんだけど。肩透かしも良いとこだよ、全く……」


 ロゼは一息つくと修道服の内に手を突っ込み、葉巻を取り出した。


「火は、と……マスターんとこにあったよね」


 口へと咥え、いそいそと退出する寸前。メノウが口元よりパッと葉巻を取り上げた。


「ちょっと! 何すんのさ!」

「あんたバカ!? 病人が寝てるでしょうが!」


 取り上げた葉巻を握りしめ、ロゼを睨むメノウ。ロゼは「はあ」と大きく溜息を洩らすと、ベッド縁に腰掛けた。


「だ、か、ら、病人じゃなくてただの過労なんだって。こっちはわざわざ大慌てで駆け付けたんだよ? 一服ぐらいさせてくれても、罰は当たらないでしょーに……」

「そもそもあんた神官でしょ!? 吸ってること自体おかしいって言ってんの!」

「……相変わらずお堅いねえ。そんなだから、いつまで経っても男が寄って来ないんだよ。少しは心を広く持たないと、一生独り身だよ?」

「はあああああ!? 何言ってんの! んな事、今は関係ないでしょーが!!」


「二人とも……頼むから静かにしてくれ……」


 やいのやいのと喧嘩を始めた二人を嗜める。ヒートアップするのは構わないが、それはアイムの居ない場所でやって欲しい。


 メノウはしゅんとして「ごめん……」と呟く。ロゼは一つ小さな溜息をつくと、メノウの手より葉巻を取り返し、そのまま服の内へとしまい込んだ。


「……ギフトによる反動って話だっけ? 正直、それは私の専門外だよ、ユーステス。私が診れるのは簡単な体の不調と、ここ数年で出た、デカい流行り病だけ。……ま、そもそもがやぶって話だけどね」


 自嘲気味に笑うロゼ。

 彼女はギルド"宵闇の園"の一員で、医術に明るい。『藪』と言うのは本人の談だが、とんでもない。ことヘイムダルにおいては、彼女を超える腕前の医者はいない程だと言い切れる。それは騎士として王城に出入りしていたユーステスだからこそのお墨付き。


「……ギフトを使った後、突然倒れてな。呼吸が乱れてて、体が物凄く熱かったんだ……」

「それはまあ一時いっときの症状だろうね。今は呼吸も安定してるし、体温もやや高い程度……他にこれと言った異常は見られないし、大丈夫だよ」


 心強い断定だ。

 ロゼはその身なりと言動のちぐはぐさから、どうにも胡散臭さが漂うが、物事をはっきりと言う気質。ダメならダメ、無理な物は無理。「相手がどう思うか」などと、まどろっこしい事は考えない。ただ事実を、ありのままに述べる。


 だからこそ、その言葉には重みがある。彼女が「大丈夫」だと言うのならば、それ以上の詮索は不要。張りつめていた緊張の糸がぷつりと切れ、ユーステスはその場にしゃがみ込んだ。


「よかった……」


 若干の置いてきぼりを食らっているメノウ。


「とりあえず、何とかなったって事だね! 何でこんな事になったのか、ちゃんと教えなさいよ!」


 両手を合わせ、晴れやかな顔で幕引きを行った。一方ロゼはベッドより立ち上がると、グッと伸びをする。人差し指をピンと立て、それをそのままユーステスの顔横に近づけた。


「奢りいちな、ユーステス。久々にマスターの飯を食べたい気分だったんだ。この酒場、やっぱ良いとこだよ。修道服でも、悪目立ちしない。客もちゃんと弁えてるんだねえ」

「ああ……! 今度必ず機会を作る! 二人とも、ほんとに助かった……」


 ひらひらと手を振りながら、部屋を出るロゼ。メノウはその様子を見届けると、くるりと向き直る。


「じゃあ、私もフロアに戻るね。ユーステスはどうする?」

「念の為、今日は付きっきりで看病だな。アイムもその内起きると思うから、そしたら飯を頼むよ。多分、腹を空かしてると思う」

「ん、りょーかい! マスターに伝えとくね! ……寝ながら食べれるって言ったら、やっぱりお粥かなあ……」


 ぼそぼそと呟きながら、メノウも退出。ユーステスは近くの椅子を引っ張り、ベッドの横へと陣取ると、すやすやと寝息を立てるアイムの髪をそっとかき分けるのであった。

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