第036話 敗残兵と少年A
街に戻った頃には、天頂で月が光り輝いていた。ひとまず今日は互いに別れ、明日再び広場にて集合する。満身創痍の頭を振り絞り、何とかセブンと約束を取り付けた。
「そう言えばお前、替えの服とかあるのか? それにその剣……」
セブンの太ももに添えられた手甲剣。ヘルハウンドとの戦闘を終え、刃が赤黒く汚れている。黒影の一撃を受けた左の剣に至っては、根元に一筋の亀裂。あのまま使い続けていれば遠くない未来、ぽっきり行くのは明白だ。
「私の事は気にしなくていい。アナタは体力を回復させるのに努めて。それじゃ」
素っ気なくそう返すと、セブンは暗闇の中に消え行くのだった。
"山猫亭"にて一夜を明かしたユーステスは、街の広場で一人黄昏る。記憶は朧げだが、どうやら昨夜は飯をかっくらい、そのまま死人の様にベッドへと突っ伏したらしい。朝起きたら、メノウが若干引いていた。
『まあどこで何してようと、ユーステスの勝手だけどさ。もしなんかあったら、遠慮なく言いなよ。私もマスターも、イレーネだって……出来る限り力になるからさ』
有難い、その一言に尽きる。
ユーステス自身、"宵闇の園"にはこれ以上無いって程に助けられている。故郷を焼かれ身寄りを失くした彼を保護し、一人前に育て上げたのは、何を隠そうイレーネだ。
彼女からは多くの事を教わった。戦う術を、抗う知恵を――生き様を。感謝してもしきれない。
(だからこそ……あんな化け物の相手を頼むってのは気が引けるな……)
イレーネであれば、あの黒影が相手であっても遅れを取る事はないだろう。単身で巣に乗り込み、華麗に討伐してカッカッカと笑う姿が思い浮かぶ。
だが、いつまでも彼女に頼りっきりという訳にもいかない。自分のケツは自分で拭く……これは"血麗隊"に入ると決めた時から、心に誓っていた事だ。
(シグルドに……協力を要請するか?)
帝国軍を利用すれば、討伐の難度はグッと下がるだろう。
だがどうやって状況を説明する?
ヨランから与えられた任務だと、馬鹿正直に伝えても良い物だろうか。"血麗隊"が秘密組織を謳う以上、水面下での活動は基本だろう。任務遂行に当たり、どこまでの情報漏洩が許容されるのか。新参者のユーステスには、その判別がつかない。
「だいたい、ヨランの野郎の指示が曖昧過ぎるんだよ……! これじゃあ作戦も何も立てられないじゃないか、くそっ……!」
一人ぶつぶつとごちるも、虚しさが募るのみ。和気あいあいと広場を行き来する人々の笑顔が、より一層気分を陰鬱とさせる。こんな天気の良い朝に、何だって自分ばかり……じめじめと思い悩まねばならないのか。
広場の石垣に腰掛けながら、グッと伸びをひとつ。蓄積した疲労感、左手に巻かれた包帯が、昨日の戦いを想起させる。
(そもそもヘルハウンド退治って所からして、違和感があったんだ。どうして帝国軍の真似事みたいな事をしてやがるんだ……? 第二皇子アーノルドの直々の組織だってのに……)
ヨランの言葉を額面通りに受け取るならば――「組織への適正や力量を見る」と言う事になる。だがそれならば、昨日の討伐戦で既に目的は達成しているとも考えられる。黒影は完全なるイレギュラー。奴を討伐する為に軍の手を借りたとして、不都合などあるのだろうか……?
どこまで行っても、答えの出ぬ袋小路。考える程に頭が痛くなり、重い溜息をつきながら黒衣の内に手を入れた。
「こいつの加工が出来てりゃ良かったんだがな……」
懐より取り出した紅い鉱石を掲げ、太陽と照らし合わせる。火を操る脅威に相対するとなった時、真っ先に思い浮かんだ解決法だ。
メゾンライト鉱石。
イレーネより受け取ったその鉱石は、熱を吸収する稀有なる特性を持つ。『加工が出来る職人が少ない』と言うのはイレーネの談だったが、正しくその通りであった。ヘイムダルのありとあらゆる武器屋を訪れたが、結局打ち手は見つからなかった。名のある職人皆が、すぐさま匙を投げた逸品だ。
いや――
厳密にはあと一か所、心当たりがある。中心街からやや外れた土地に陣取る、知る人ぞ知る老舗店。ユーステスも何度か訪れた事はあるが、素人目でも分かる程に、練度の高い武器の数々が並んでいた。故にその店は、完全なる予約制。おいそれと訪れる事は叶わず、今に至ると言う訳だ。
(おやっさんが最後の砦だな…… あそこで無理なら、メゾンライトの加工は諦めるしかない……)
問題は山積みだ。嘆息しながら懐に鉱石をしまい込むと、徐々に膨れ上がるは怒りの感情。ニタニタと嗤うヨランの顔が思い浮かび、奥歯をぎりりと鳴らす。
あんな化け物が出て来るのは、想定外も良い所であった。組織が事前にどこまで情報を掴んでいたのか……問い質したい気持ちはあるが、恐らくそれは徒労に終わるだろう。あの男が腹の内を明かす事など、在る筈も無い。
「ヘルハウンドのヌシか…… どうしたもんかね……」
「ヘルハウンドがどうかしたの?」
「うおっっ――!!」
身体をそらせ、天を仰いだ丁度その時。眼前にヌッと顔が現れた。びくりと体が反応し、直ぐに体勢を元に戻す。
振り返ると――
「ユーステス、びっくりし過ぎだよ~!! あはははっ!!」
そこには腹を抱えながら笑い、人差し指で涙袋をぬぐう少年の姿があった。
「……アイムじゃないか!」
♢
「いつからそこにいたんだ?」
「さっき来たばかりだよ。ユーステス、上の空だったから。驚くかな~って!」
両手を後ろで繋ぎながらやや前傾し、にへらと笑うアイム。
「この悪ガキめ~!」
「うわっ!」
アイムを右腕で抱き寄せ、こめかみ付近を拳でぐりぐりと擦り付ける。アイムは「痛い痛いよ!」と、わざとらしくそう叫ぶ。歯を見せながら無邪気に笑うその様は、荒んでいたユーステスの心を優しく溶かした。
ひとしきりのスキンシップを終えると、アイムは改めて向き直った。
「それでさ、ユーステス。さっき言ってたの……ヘルハウンドって、いったい何の事?」
「ん……アレはなあ……」
知り合いが通りかかるとは、迂闊であった。
だが、特段聞かれて困るような内容でもない。上手く言い逃れる術を考えている内に、脳裏にひとつの閃きが走った。
「…………【
アイムのギフト【
そしてヘルハウンドは――水に弱い。
あの黒影がヘルハウンドのヌシだとするならば、その特性を持ち合わせている可能性は十分にある。
(待て……よく考えろよ……!)
アイムは帝国軍に属してはいるが、所属は後方支援を生業とする支援部隊だ。彼らは常時軍に縛られている訳でなく、必要な時にしか声は掛からない立場。アイムがこんな時間からふらふらと街の広場を散歩しているのが、その何よりの証拠だ。
(もし黒影の討伐の為、帝国の主戦力である遊撃部隊を動かそうと思ったら……)
当然、ユーステスに軍をどうこうする権利は無い。ましてやここヘイムダルは、共和国との国境だ。優先すべきは共和国の動向で、幻獣退治など二の次。軍を動かすに足る理由――皆が納得するだけの説明が用意出来なければ、相手にもされぬであろう。
現状黒影の存在を知るのは、ユーステスとセブンの二人のみ。当然、「その情報の出所は?」と問われる。組織の任務が露呈しない様に取り繕おうにも、色々と嘘を重ねる必要が出て来る。目敏いシグルド相手に、それは避けたい。
だが、アイムであれば?
先ず以て、行動の自由が利く。"血麗隊"の任務を秘したまま、連れ出す事も容易だろう。細かな説明を省いたとしても、彼ならば疑問を抱かず付いて来てくれる。
(雨の中では【
もしアイムのギフトで、黒影を弱体化させる事が出来ると言うならば。セブンと二人がかりであったとしても、勝機はある。
「行けるかっ――!?」
「何がいけるって?」
「うおおおっつ!!」
拳を握ると同時に、隣には白き影。瞬きする様な刹那の合間、突如として小さな体躯が並び立つ。驚いたなんてもんじゃない。心臓が口から飛び出るとは、まさにこの事だ。
どこからともなく現れたセブンが、眉をひそめてこちらを睨む。
「うるさい。情けない声を上げないで」
「お前っ!! どっから湧いて出たっ!!」
アイムは口を半開き、次いでぱくぱくと魚の様に開閉した。通行人も何人かが足を止め、ギョッとした表情でこちらを眺めている。
「白いお姉ちゃんが……空から、降って来た……?」
上空をきょろきょろと確認するアイム。目に映るは、澄み渡る青一色。だが、ユーステスは見逃さなかった。広場の中心近くに生える木々。その太い枝が、僅かにたわんで揺れている事に。
「もっと普通に出て来いよ……このバカっ……」
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