第032話 その瞳の奥には
案の定と言うべきか。二つ目の巣は既に壊滅していた。セブン曰く、洞窟内部の構造は一つ目の物よりも複雑。最深部には二匹のヘルハウンドの雌と、複数の赤ん坊の亡骸が打ち捨てられていたとの事。
亡骸にはいずれも鋭利な切り傷が見られ、武器による裂傷が明らか。あの暗闇の中でそこまで正確に状況を判断するセブンの技能には舌を巻くが、なるほど得心が行った。
ハイエナ共の餌食となったのが、まさにこの洞窟の群れだったという訳だ。
「で……? これは何? いったいどういう状況?」
洞窟より戻ったセブンが、開口一番そう尋ねる。視線の先には遺体が二つ。冷めた目線は遺体からユーステスへと移ろい、ジッとその両眼を凝視する。眼力に気圧され、思わず一歩後退。
流石にこれは……下手な取り繕いなど通用しないだろう。
「お前が洞窟に入った後、たまたま鉢合わせになってな。ギルド『一角獣の骸』、その構成員だ。ギルドについては知ってるか? 各地で色々と悪さを――」
「知ってる」
食い気味の返答。下らぬ前置きは良いから、要点をさっさと話せ。そんな思いがひしひしと伝わって来る。
「……泉に毒を撒いたのはこいつらだ。なんでも、ヘルハウンドの巣にはたんまりとお宝が眠ってるらしくてな。邪魔な群れを壊滅させる為に、アルテリアを利用したんだとさ」
事実を淡々と、ただありのままに話す。どう受け取るかはセブン次第。この場で嘘などついても意味は無い。
「ここ最近発生してるヘルハウンドの暴走も、元をたどればこいつらが原因だ。追及したらぎゃあぎゃあと騒ぎ立てたんでな。静かにしてもらったって訳さ」
「ふーん。そう……」
全てを聞き終えたセブンが、素っ気なく返す。随分と淡白な反応だった。
「別にどうだって良いけど、ちゃんと足が付かない様に殺した? 仲間がいて、逃げられたりは?」
「それについては大丈夫だ。こいつら以外に人影は無かった。もしかしたら別行動してる奴は他にいるかもしれないが……」
「そこは問題視してない。顔を見られてたら面倒ってだけだから」
つまらなそうに首をひとつ鳴らすセブン。
今更、驚く様な事ではないのかもしれないが。
人の死体を目の前にしても、露程も動揺せぬその姿には安心感すら漂い、頼り甲斐があり、どこか不気味で、空恐ろしく。
その在り様に、僅かにだが。
――胸が痛んだ。
遺体に興味を失うと、セブンの視線は打ち捨てられたバッグへと吸い寄せられた。
「そこに転がってるきらきらした袋は?」
「あぁ……コレか? こいつらの盗品だ。巣から金目の物を奪って来たんだとさ」
「……なるほどね。だからか……」
「?」
何が「なるほど」なのだろうか。一人納得気な空気を纏うセブンに、若干の違和感を抱きつつも、説明を補足する。
「ヘルハウンドには光り物を集める習性があるんだってな。そこに転がってるのは、冒険者や貴族達の遺品だ。森の奥深くまで迷い込んで、運悪くヘルハウンドとかち合ったんだろう」
セブンはしゃがみ込み、遺体からバッグを取り外す。するとあろうことか蓋を開け、中身を地面へとぶちまけ始めた。
「おいっ!! 何やってんだ!!」
「うるさい。静かにして」
地面に散らばった牙と爪をどかし、金貨や宝石類を手に取り始める。目を細めながら、まるで値踏みをする様に。
コイツ、まさか――
「その遺品…… 持って帰ろうだなんて、思ってないよな……?」
「…………」
張りつめた空気。
高まる緊張感に、呼吸が早まる。
「どうなんだよ……何とか言えっ!!」
「…………」
セブンは無言を貫く。
嫌な汗が背中を伝い、口の中の水分がみるみるうちに失われる。宝石を漁る白き影。その一挙手一投足から、目が離せない。
分水嶺――
そんな言葉が、脳裏に浮かぶ。
返答次第では、彼女とは袂を分かつ事となる。パートナーの解消を、こちらの方から申し出る。ヨランには目を付けられる事になるかもしれないが、そんなのはどうだって良い。
これは、
『骸』の奴らと同じ真似をする様な人間と、この先の未来を歩む気などさらさら無い。相容れぬ存在と背中を預け合うなど、馬鹿げている。そんな奴は邪魔なだけ。組織から鼻つまみにされてでも、一人で行動した方がまだマシだ。
じゃらじゃらと地面の硬貨を広げるセブン。時折ナイフや宝石を手に持つが、直ぐに興味なさげに放り投げる。
「……殺気向けるの、止めてくれる? 気が散るから」
「俺の質問に答えろ」
セブンはこちらへちらりと視線を向け、ハァと小さく溜息。
「別に持ち帰ったりなんてしない。こんな物に興味なんて無いし。ただ少し中身を探るだけ。すぐ終わるから、ちょっと待ってて」
返答はあったが、胸の曇りは晴れなかった。
「…………何だよそれ」
疑問が新たな疑問を生んだだけ。彼女はまだ、俺に何かを隠している。その事はもはや疑いようも無い。そしてその秘密を打ち明ける気など毛頭ない事もまた、はっきりと分かった――
(…………自分の事を棚に上げて。良く言えたもんだな、俺は)
自嘲で乾いた笑いが漏れそうだった。自身の腹の内を明かさぬ者がいくら言葉を重ねたところで、彼女の心に触れる事など、出来る筈もない。
必要なのは組織で暗躍する上で悪目立ちしない為の、形ばかりの共生関係。『血麗隊』の任務をこなしていく上で、互いに障壁とならなければ、それで問題ない。それ以上の関係など、必要ない。
本当のパートナーなど、求めてどうするんだ?
「終わったよ。じゃ、行こっか」
立ち上がり、グッと伸びをするセブン。その手には金貨宝石は握られていなかった。こちらの葛藤を知ってか知らずか、暢気な物である。
少なくとも、約束を違える様な奴ではない。あの下種共と、同類って訳ではない。
それが分かっただけでも、今回は良しとしようじゃないか。
♢
セブンが派手にぶちまけた金品の数々。それらをバッグに詰めなおし、再び泉までやって来た。回り道をする事にセブンは難色を示したが、それも一瞬。本人も時間をかけて中身を物色をしていたという負い目がある故か、渋々ながらに賛同した。
「それで? わざわざ戻って来た訳だけど。どうするつもり?」
「――こうするの、さっ!!」
思いっきり力を込め、バッグを泉へと放り投げる。綺麗に放物線を描くと、泉の中心では派手な水飛沫が上がった。セブンは目をぱちくりとさせている。
「あのまま森の中に置きっぱなしってのも不自然だろ? それに……この泉はこんなくだらない物の為に、犠牲になったんだ。これはそのせめてもの、弔いだ」
「…………アナタ、変わってる」
「まー、否定は出来ないかもな。良く言われるよ」
ブクブクと泡を立てていたバッグは完全に底へと沈み、水面には静寂が広がった。波面が完全に収まった頃合で、セブンは呟く。
「正直……意外だった」
「何がだ?」
「この泉を見た時の、アナタの反応。あんなにも怒るなんて。ヘルハウンドを討伐する手間が省けて、むしろ喜ぶかもと思ってたのに」
とんだ冷酷非道じゃないかと、若干傷付く。
「アルテリアを使ったのが、気に食わなかった?」
「勿論それもある。が……厳密には、ちょっと違う」
首を傾げるセブン。彼女が俺の内面に踏み込んで来たのは、これが初めてだ。わざわざ『意外』などと口にしたのだから、あの時受けた印象は普段の俺とは全く異なっていたのだろう。
「ここに来るまでに、お前にも話したよな? ヘルハウンドの暴走はどんどん広がってる。近くの里にも、もう被害は出てるんだ。ほっとけば遠くない未来、間違いなく人死にが出る……」
食い荒らされた家畜は酷い有様だった。それが家畜であったのは、不幸中の幸いか。あれがそのまま人に置き換わったらと考えると、背筋が冷える。
「許せるかよ、そんなの…… 里の人間は、何一つ悪い事だってしてないだろ…… それなのに、なんでそんな理不尽を強いられなくちゃいけないんだよっ……!」
知らず親指を握り込み、拳には力が入る。泉の真ん中を不気味に染め上げる紅が、網膜に不快に纏わり付く。
「自分勝手な理由で暴れまわる奴らが、相応の報いを受ける。そいつは別にどうだって良いんだ。自業自得って奴だろ? でも、現実はそう単純じゃない。馬鹿をやった奴らの尻拭いをさせられるのは、いったい誰だと思う? 犠牲になるのはいつだって、反抗する力を持たない……罪のない人間なんだ……」
頭が熱い。
体が熱い。
話す程に、肉体が熱を帯びる。
発火しそうなほどに。
「想像してみろよ…… ある日突然、何気ない日常がぶっ壊されて……それを仕向けた奴らは、何のお咎めも無く。何食わぬ顔で、明日もまた生きていくんだぞ……! 許せる訳がないだろうが、そんな物はっ!!」
俺は奪われた側の人間だから。
その悲しみが。
痛みが。
怒りが。
――憎しみが。
嫌という程に、良く分かる。
「誰も裁きを与えないってんなら、俺がやってやるよ! たとえこの世界が許しても、俺だけは絶対に許さない!!」
メリルはもう、戻っては来ない。
あの優しき微笑みを、俺はもう二度と、見る事は出来ないんだ。
「他人に悲しみを振りまいておいて、自分は罪の意識すらなく、のうのうと生き続ける。俺はそういうクソみたいな奴らが、大っ嫌いなんだよっ!!!!」
だから俺は。
復讐を掲げ。
邪魔な者を排除し。
自分勝手に世界を壊そうとしている。
俺自身が――
誰よりも、嫌いだ。
そこまで一気に話し終えると、瞬間的に熱せられた頭が、幾分平静を取り戻す。余計な事まで口走ってしまったと、遅まきながらに後悔する。
「…………少し、喋り過ぎたな」
これもまた、未熟の極みだ。復讐を成し遂げんとする者が、心の内を露わにしてどうするか。激情をぶつける相手は、イレーネだけに留めなくては。こんな事を突然言われて、さぞセブンは呆れているに違いない。
長い長い、静寂の後。
「…………その感情は。私には、良く分からない」
そう言い残し、セブンは森の中へと姿を消した。
一人その場に取り残されたユーステス。その眼は見開かれ、思わず声を漏らした。
「『意外』なのは……お前の方もだろうが」
セブン自身は、隠していたつもりなのかもしれないが。話を聞き終えた、その刹那。水面を見つめる黄金の瞳は光を宿し、確かに燃えていた。
これまで一度たりとも見た事は無かった。輝きを失った彼女の双眼が、あれほど鮮やかに色付く所など。
それは怒りと憎しみの籠った、俺とよく似た瞳をしていた。
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