第7話:火竜との死闘

 勇者一行はある火山地帯を進んでいた。

 火竜バルゴ=グレイン

 それは王国軍ですら正面からの討伐を避けてきた災厄級の魔獣だった。


「まさか、今ここであいつに当たるなんてな……」


 エルドが呆れたように言った。

 炭のように黒ずんだ大地の上。火山灰の降りしきる斜面に、涼真たちは立っていた。


 今回の任務は、火山村カラヴェルの救援。

 火竜が突如火山活動とともに姿を現し、避難すら間に合わぬ状態になっているという。

 村人はまだ、麓に取り残されていた。


「勇者殿、時間がない。俺たちで道を開き、住民を逃がすしかない」


 ドルガの声に、涼真はうなずいた。

 うなずくしか、できなかった。


(火竜……そんなものと戦って、勝てるのか……?)


 レーナの死以来、涼真の心には常に“逃げたい”という感情が渦巻いていた。


 だがそれを口に出せば、勇者ではなくなる。

 その恐怖の方が強く、彼はまた黙って前に出ることを選んだ。

 

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 火竜は、巨大だった。

 岩のような赤黒い鱗。背中に燃える溶岩のたてがみ。

 咆哮とともに吐き出される炎は、空気ごと焼き尽くした。


「来るぞ、散開しろッ!」


 セリアの指示で隊列が散らばる。

 涼真は右から接近し、隙を見て足元へ斬撃を浴びせた。


 ……弾かれる。

 剣は、火竜の鱗の表面にかすり傷一つつけられなかった。


「まじかよ……!?」


「外殻が硬すぎる! まともに攻撃が通らない!」


 エルドが叫び、巨大な火球を放つ。

 が、それも竜の尾の一振りでかき消された。

 ――力の差が、絶望的だった。

 

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 空から降る溶岩片。踏み込むたびに足元が崩れ、熱波で皮膚が焼ける。

 涼真は加護によって何度も回復していたが、それでも意識が遠のく瞬間があった。


「グオォォォォオオオオ……!」


 火竜が咆哮とともに、口を大きく開く。

 熱の塊――“溶岩のブレス”が空間を薙ぎ払う。


「下がれッ!!」


 ドルガが盾で防ごうとするが――間に合わない。


「……!」


 涼真は、咄嗟にセリアの腕を掴み、逆側に突き飛ばした。


 ドォン――!!


 灼熱が身体を焼き、涼真の皮膚が剥がれた。

 再生する。だが痛みは消えない。骨があらわになるたびに、神経が焼かれる。

 ――治っても、痛みは記憶に残るのだ。

 

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「涼真、下がれ! お前が倒れたら、終わりなんだぞ!」


 エルドが叫ぶ。だが涼真は動けない。

 足が重いのではない。頭が、心が、命令を出せなかった。


 火竜が、再びブレスを吐く。

 今度は――まだ避難中の村人たちの方向へ。


(まずい……防げない……!)


「くそっ……!」


 涼真は、燃える斜面を駆け出した。

 熱い。苦しい。怖い。

 でも、あの子どもたちの顔が、レーナの幻影と重なった。


(今度は……絶対に、誰も死なせない!)

 

 燃え尽きたはずの脚で跳び、ブレスの直撃を肩で受け止める。

 皮膚が焼け、再生し、また焼かれる。

 目が潰れ、再生し、また潰れる。

 それでも――涼真は前に立ち続けた。


「うあああああああああああああああっ!!」


 自分の叫び声すら聞こえない。

 ただ、立っていた。英雄として、ではなく、贖罪として。

 ようやく火竜のブレスが止んだ頃、仲間たちが攻勢に転じた。


「今だっ……エルド、砲撃魔法!!」


「オーバーフレア・フォールッ!!」


 エルドの大魔法が火竜の口内を貫き、セリアの矢が目を射抜く。

 ドルガの渾身の斧が首筋に突き刺さり――


 火竜は、絶叫とともに地面へと崩れ落ちた。

 

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 涼真は、地面に膝をついていた。

 煙と血の匂いが渦巻くなか、静かに身体が回復していく。

 皮膚が戻り、視界が晴れていく。


 ……だが、心は何一つ回復しなかった。


「……また、俺は、生きてしまったのか……」


 村人は助かった。仲間も無事だった。

 誰も死ななかった。

 でも――だからこそ、涼真は“重み”を感じていた。


(助けるたびに……みんなからの期待が大きくなっていく……重圧が増えていく……)

(死ねないから……“皆の盾”としてしか扱われなくなっていく……)

 

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 夜。

 火山村での簡易式典。

 村人たちは涼真の前に跪き、「英雄様」と感謝の言葉を繰り返していた。


「あなたがいなければ、私たちは全員……!」

「これからも、どうかこの世界を……!」


 子どもが、震える手で、焼け焦げた花束を差し出した。

 涼真はそれを受け取る。


「ありがとう……」


 ――でも、その声は、まるで他人のもののようだった。

 

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 式典のあと、涼真は一人で村の裏山に登っていた。

 焼け跡の残る木々の間で、静かに座り込む。

 空を見上げる。星が、いつもより遠く見えた。


「俺、なんで……生きてるんだろうな……」


 レーナの幻影が、何も言わずに隣に座っているような気がした。


「死ぬわけにはいかない。でも……もう、誰かを守るのが、怖いよ」


 風が吹いた。焚き火がかすかに揺れた。

 涼真は、気づいていた。

 ――いつか、もう一度誰かを救えなかったら、自分は“完全に壊れる”と。

 でも、それを言える場所は、もうどこにもなかった。

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