第6話:城下の夜と重圧

 王都は、光に包まれていた。


 勇者一行の帰還。

 魔王軍の獣魔兵を撃退し、多くの村人を救ったという報が先に届いていた。

 涼真たちが城門をくぐると、まるで祝祭のような歓声が飛び交った。


「勇者様だ!」「ばんざーい!ばんざーい!」


 子どもたちが旗を振り、商人たちが花を投げ、貴婦人たちが目を潤ませて手を振っている。

 涼真は、馬車の中でそれをじっと見つめていた。

 ――何も、感じなかった。

 

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「ご帰還、心より感謝申し上げます、涼真様」


 玉座の前、国王ヴェルディアが深々と頭を下げた。

 その隣には、宰相、王国の重臣たち、報道を司る魔導記者たちが居並ぶ。


「勇者殿、今回の戦果……まさに奇跡。討伐隊でこれほどの成果を上げられた例は過去にありません」

「民も喜んでおりましたぞ!」


 涼真は黙っていた。

 重臣のひとりが目配せし、記者が水晶レンズのような道具を構える。


「では、報道用に一言、いただけますか?」


 カチリと、記録が始まる音。

 涼真は、無意識に言葉を紡いでいた。


「……助けられなかった人もいました。……でも、次こそは、もっと……」


 喉の奥が痛い。声が震えるのを、必死で抑える。

 レーナの顔が、何度も脳裏をよぎる。


「私は、最後まで戦います。……それが、僕の使命だから」


 記者たちが拍手をし、国王が満足げにうなずいた。

 その中で、涼真は心の中で呟く。


(ごめん……レーナ……)

 

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 夜。

 城下町では“勇者凱旋祭”が開かれていた。

 通りには露店が並び、紙灯籠が天に浮かび、酒と歌と踊りが街を包む。


「すごいねー……ここまで歓迎されるとは」


 エルドが感心したように屋台の焼き串をほおばる。

 セリアは浮かれる人波を冷ややかに見つめ、ため息をついた。


「英雄の帰還、か……バカらしい」


 「英雄」という言葉に、涼真の眉がほんのわずかに動いた。


「……なあ、セリア」


「何?」


「もし……英雄が人を救えなかった時、その英雄って……どうなるんだろうな」


 セリアは黙ったまま横目で涼真を見た。

 その瞳には、怒りでも軽蔑でもない。

 ただ、確認するような静けさがあった。


「――そんな時のために、私はあなたの傍にいる」


「……え?」


「あなたが限界になったときは、私が判断する。

 感情じゃなく、国家のために、勇者の有無を決める。それが私の役目」


 その言葉が、ゆっくりと、涼真の胸に沈んでいく。


(……つまり、俺はもう、“人間”じゃないんだ。

 俺が英雄であり続けられなければ――即座に、見限られる)

 

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 夜遅く、広場の一角にある小さな神殿に、涼真はひっそりと足を運んでいた。

 誰もいない、蝋燭の火だけが揺れる静かな空間。


 そっと懐から取り出したのは――レーナの杖。

 祭壇の前に、そっと立てかける。

 祈ることも、言葉にすることもできない。

 ただ、震える手で杖をなぞりながら、呟く。


「ごめんな……ごめん……」


 その声が掠れて消えるころ、涼真の目に涙が滲んでいた。

 でも泣くことすら、もう許されない気がした。

 

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 翌朝、王都には「勇者、圧倒的勝利!」の文字が躍る魔導新聞が並んだ。


 子どもたちが涼真の似顔絵を模した紙人形を持ち、路地裏でも“勇者ごっこ”に興じている。


「やられた!でも神速再生で復活!勇者さま最強〜!」


 涼真はそれを、誰にも気づかれないように遠くから見ていた。


(俺は……もう、誰にも本当の顔を見せられない)


 その瞬間だった。

 群衆の中に、ふと一人の少女の姿が見えた。

 顔立ちは違う。服も違う。


 でも――涼真には、はっきりと“レーナに似ている”と感じた。

 思わず歩み寄ろうとしたその瞬間、少女の母親らしき人物が彼を制止するように娘を引き寄せた。


「勇者様に勝手に近づいちゃダメよ。神聖な存在なんだから」


 その言葉が、涼真の胸に鋭く刺さった。


(……俺は、もう……普通の生活はできないのかな)


 そう自覚した瞬間、涼真の中で、何かが静かに崩れた。

 

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 夜、寝室で。

 涼真はベッドに横たわりながら、天井を見上げていた。

 称賛も、期待も、拍手も。

 全部が、怖い。


『救えなかったくせに、なんで笑顔でいられるの?』


 そんな声が、誰かのもののように、脳裏で繰り返される。


 レーナの死も、村人の期待も、自分の無力さも。

 すべてが頭の中で絡み合って、眠ることすらできない。


(次……また誰かが死んだら、俺はどうすればいいんだ……。

ずっと、こうやって英雄の仮面、かぶり続けるのか……?)


 涼真の目から、静かに涙が零れ落ちた。

 けれどその涙も、誰にも見られることはなかった。

 ――彼は、もう、ひとりだった。

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