緊急事態

 惑星リムリア、人類発祥の地であり、連合の首都惑星。壮大なビルが立ち並ぶ政治と経済の中心地の一角にエムランが暮らす“家”はあった。


『政府は弱腰になっています。私が指導者だった頃と比べてね』


『あなたが大統領なら反乱は収まっていたと思いますか?』


『ええ、とっくにね』


「ねえパパ、見て見て!」


 前大統領の現職批判と彼を担ぐメディア。エムランはテレビから目を離し、娘を見た。


 まだ五歳のリオーナは、野菜を刺した銀色のフォークを口に運び、ムシャムシャと自慢げに微笑んだ。


「お野菜食べれるようになった!」


「おお、すごいな。偉いぞ」


 頭を擦ると、リオーナはにっこりと笑った。


 スーツを脱ぎ、ラフなシャツ姿で子どもと食卓を囲む。エムランは家族との時間を大切にしている。妻が亡くなってからは特に。


 テーブルには色とりどりな料理が並んでいた。菜の花のスープ、バターと香草で和えた根菜のロースト、そして柔らかく焼かれた鶏肉。どれもお抱えのシェフが作った物だ。


「食べてみればそんなに悪くないだろう?」


 リオーナは「うん」と満面の笑みでもう一口野菜を食べた。「わるくない!」


「だろう? パパが言ってた通りじゃないか」


 エムランはにっこりし、手を伸ばして娘の髪をそっと撫でる。


 だが──その穏やかな夕餉に、突如として翳りが差した。


 テーブルに設置された端末が、低い電子音を響かせた。


 エムランの視線がゆっくりとそちらを向く。


 エムランは受話器を手に取った。


「大統領」


 声の主は作戦司令本部のトップ、グレンだった。


「将軍、何事だ?」


 エムランの声から父親の柔らかさが消えた。


「……先ほどプレトとの通信が途絶えました」


 エムランの目が細くなる。


「途絶えた?」エムランは立ち上がった。心配そうに見つめる娘に微笑んで見せたあと、壁を向き、顔を強張らせる。「……反乱軍の仕業か?」


「不明です。数時間前に駆逐艦エンペート撃沈の連絡を現地防衛軍から受けた時にはまだ──」


「……ちょっと、待ってくれ……」瞬きしながら髪を掻き上げる。「エンペート撃沈だって? そんな報告、私は受けてないぞ」


「……申し訳ありません、大統領」グレンの声には明らかな動揺が滲んでいた。「情報の精査と新たに入ってきた報告への対応で、閣下への報告が遅れました」


「遅れた? 学校に遅刻した子どもの言い訳か?」


 エムランは短く返した。声を荒げることはなかった。


「いえ……申し訳ありません……」


 軍部の連中め……。エムランは目を閉じ、額に指を当てて数秒沈黙した。現地から最初の報告が上がった時に知らせてくれれば、どれだけの選択肢があったことか。

 言いたいことは山ほどあるが、それで次官を潰しても仕方がない。エムランはため息をついた。


「……第七、十二艦隊を出せ。……それから、警戒レベルを辺境全域で最高レベルに」


「……承知しました。各星系へ即時通達します。安全保障評議会議の招集も?」


「当然だ」エムランは頷く。「二時間以内に全閣僚を集める。


「かしこまりました」


「次からは些細な事でもすぐ報告しろ、長官。辺境全域が陥落したという事実を朝のニュースで知るのだけはごめんだからな」


「はい、閣下……」


 通信が切れると同時に、部屋にはまた静けさが戻った。だが、先ほどまでとは違う。


 リオーナが不安げに、椅子から身を乗り出して父を見上げた。


「パパ……おしごと?」


 エムランは、一瞬だけ柔らかく笑った。

 そして、娘のもとに戻り、しゃがみこんで目線を合わせた。


「ああ、少しだけな。でも、すぐ戻る。いい子にしててくれるか?」


「……うん」


 エムランは、そっと娘の額にキスをした。その瞳の奥では、すでに別の戦場を見据えていた。




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