ファントム、尋問される11

 数時間の仮眠の後、マスターが淹れてくれた温かいカフェオレで身体を温め、ユキは再びメイン端末の前に座った。玲奈とマスターが、固唾をのんで彼女の後ろ姿を見守っている。

「……もう一度、行くわ」


 ユキはヘッドセットを装着し、意識をネットワークの海へとダイブさせた。目標はただ一つ、灰島の「目」を通して、MI6とプロメサーの取引に関する情報を掴むこと。


 灰島の視界は、まだあの尋問室を映している。だが、状況は動いていた。


 セレスティーナが、タブレット端末を指さしながら、部下の一人に何かを指示している。灰島は、意識がないフリを続けながら、そのタブレットの画面が視界に映り込むよう、気づかれない範囲で、わずかに頭を動かした。


 ユキは、その意図を正確に読み取った。彼女は、灰島が見ている不鮮明な画面に全能力を集中させる。隠れ家のサーバーが唸りを上げ、ユキの鼻から再び、ツーっと赤い血が流れた。


「ユキちゃん!」


「ダメ、話しかけないで……! これ、取引、成立してるわ」


 玲奈の制止を振り切り、ユキはさらに深くMI6のシステムに入り込む。そして、ついに、暗号化された取引文書の解読に成功した。


「取引場所は、明朝0400時。場所は、建設中の超高層ビル『バベルゲート』の最上階……」


 ユキは、暗号化された情報を解析し読み上げる。


「目的は、『オリジナル素体』と『シミュラクラ』を使い、AEGISを掌握するための『ネクスト・キー』を創造すること……」


「オリジナルがユキちゃんは分かるけど、『シミュラクラ』って?」


 その質問に答えたのは、マスターだった。


「シミュラクラとは、ラテン語で人や物を表現または模写した物、という意味だったはず……」


「え? それって!」


「プロメサーは、私のコピーを作ったって意味よ。そして、そのコピーでAEGISを、この世界を支配しようとしている」


 作戦の全貌が明らかになり、マスターと玲奈は言葉を失った。だが、今は感傷に浸っている時間はない。


「……ですが、おかしいですな。もしもコピーが完璧なら、オリジナルは必要ないのでは?」


 マスターの言う通りで、コピーが完璧ならばMI6と取引をする意味はない。勿論、金が目当てなら取引も成立するが、そうなるとオリジナルは必要ないのだ。


「多分、ううん。絶対、コピーは完璧であるはずがないのよ。だって、それは人間であるのが条件なのだから」


 先ほどのユキの説明を思い出し、二人とも息をのむ。


「彼の手にある博士のレシピがどんなものか分からないけど、生体である必要をプロメサーは理解していないのかもしれない」


 ユキの言葉に、マスターと玲奈は息をのむ。そうだ、プロメサーは天才科学者かもしれないが、彼は生命の神秘を、その流動性や不完全さの持つ本当の強さを理解していない。だからこそ、完璧な「機械」としてのコピーを作り、それが機能しない理由が分からずにいるのだ。


「……ですが、だとしたら、彼の狙いは一つ」


 マスターが、低い声で言った。


「自らの理論の正しさを証明するため、そして、不完全なコピーを完成させるため、オリジナルの『生体』である、あなたを手に入れようとするでしょう。何としてでも」


「ひどい……」と唇をかむ 玲奈に、ユキは「仕方ないわ」と微笑む。


「私は、AEGISのために作られた、人工的に作られた装置の一部なのだから」


 別に自虐して言っているわけではない。ただ、事実を彼女は淡々と話す。


「違う!」


 声を荒げる玲奈に、ユキは目をぱちくりさせた。


 驚きの声を上げる玲奈の前で、ユキは冷静さを失うことなく頷く。

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