第二章 深化(進化)
この日を境に、つむぎは匠人の手ほどきを受けながら、本格的に設計の仕事に取り組むようになった。慣れない仕様に戸惑うたび、すぐ隣にいる彼の存在が、何よりも心強く感じられた。
「ここ、ちょっと詰まりました」
「うん、いい線いってる。考え方は合ってるよ」
図面を広げてふたりで打ち合わせをすることもあれば、つむぎがそっと匠人の席まで足を運ぶこともあった。
匠人が席を離れているときは、社内チャットでやりとりを続けるのがいつものことになっていた。ふたりの会話は、画面の中でも不思議と途切れることがなかった。やりとりが進むごとに、ふたりの距離が知らず知らずのうちに近づいていることを、どこかで感じていた。それは、ほんのわずかな温度やリズムの変化。けれど、確かにそこにあった。
春の気配が満ち、街の草木が新芽をのぞかせる頃。そのささやかな変化のように、ふたりの関係もまた、誰に気づかれることもなく、静かに芽吹こうとしていた。
いつものようにチャットで質問に答えていたそのとき、匠人の画面に、ふいに一文が表示された。
【原田つむぎ:匠人さんは、人にものを教えるのがとても上手ですね。】
人柄に触れるような言葉をもらったのは初めてで、匠人は返事に迷った。言葉を打ち込んでは消し、打ち込んでは消し、しばらく画面を見つめてしまう。
【相馬匠人:そうかな?昔、家庭教師をしてたことがあるけど……】
【原田つむぎ:そうですよ。すっと体に入るような説明でわかりやすいなって、前から思ってました。すごいなって。】
【相馬匠人:ありがとう。しっかりサポートできるように、頑張るよ。】
……その言葉のあと、ほんの数秒、返事がこなかった。つむぎは、今どんな気持ちでこの画面を見ているのだろう。自分の言葉が、ちゃんと届いたのだろうか。
画面の向こうにいる彼女の顔は見えない。けれど、まるで誰にも気づかれず、心の奥の細い弦が、ふるりと震えたようだった。それはまだ、言葉にはならない小さな変化だったけれど――ふたりにとっての「進化」の始まりだった。
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