第2話 レベル1追放者、スライムを倒す。

 夜の森は、静かだった。


 ギルドから追放されたその日。

 俺は独り、森のはずれに身を置いていた。


 目の前に浮かぶのは、青白いウィンドウ。

 ——俺だけにしか見えない、スキル情報。


【スキル:経験値錬金】

 効果:取得した経験値を任意の能力、資源、スキルへと変換可能。

 制限:変換は累積経験値量に応じる。


 

(……本当に存在してたんだな)


 ギルドでは“無能”と蔑まれ、スキルすら持たないと決めつけられてきた。

 だが、俺の中には確かに——この異常なスキルが眠っていた。


 それを発現させた今。

 俺は、もう“雑用係”ではない。


 問題はここからだ。


 この【経験値錬金】がどこまで通用するのか。

 どれほどの変換が可能なのか。

 そして、どれだけ“俺を強くしてくれる”のか。


(やってみるしかない)


 まずは——経験値を手に入れる。

 当たり前だが、何かを倒さなければ経験値は得られない。

 それも、自力で。


 俺は木の枝を一本拾い上げ、森の奥へと足を踏み入れた。



 数分後、茂みの向こうで“ぷよん”という音がした。


 スライムだ。


 直径30センチほどの半透明の球体。

 体表に浮かぶ目玉のような核。

 この世界で最も弱く、それゆえに最も舐められているモンスター。


 だが、俺にとっては違う。

 ——初めて“対等に立つ”ことを許された敵だ。


(いける……いけるか……?)


 足音を殺して距離を詰め、全神経を集中させる。


 スライムが跳ねた瞬間、俺は構えた枝を一気に振り下ろした。


 ——べしゃっ!!


 粘液が飛び散る。

 地面に残ったのは、潰れた肉塊と、青く光るウィンドウだった。


〈討伐成功:経験値+5〉

〈取得経験値を“錬金素材”として登録しました〉



「……やった……」


 俺は、たった今、人生で初めて経験値を得た。


 小さなモンスターひとつ倒しただけ。

 それだけのことなのに、なぜか視界が滲んだ。



(これで……俺は、前に進める)



 すぐにスキルウィンドウを展開する。

 表示されたのは、経験値の変換リストだった。


 


《使用可能経験値:5》

〈変換候補〉

 ・筋力+1(消費:3)

 ・敏捷+1(消費:3)

 ・HP微回復(消費:4)

 ・スキル【威圧】(消費:5)


 


「……スキルも作れるのか」


 たった5ポイントの経験値で、ここまでの選択肢がある。

 つまり、このスキルが本当に“万能”である証明だ。


 俺は迷わず、【威圧】を選んだ。


「スキル【威圧】、選択」


〈変換完了〉

〈新スキル:【威圧】を習得〉


 俺の目の前に、二つ目のスキルが表示される。


《現在のスキル》

 ・経験値錬金(ユニーク)

 ・威圧(初級:敵の動作を一時的に鈍らせる)


「……本当に……スキルが、増えた」


 手のひらが、震えていた。


“スキルを持たない雑用係”だった俺が、

 今、自分の力でスキルを創り出した。


 それも、自分の判断で選び、手に入れた。


 


 この瞬間、俺は確信した。


【経験値錬金】は、ただの成長手段じゃない。

 これは——選択の力だ。


 与えられるのではなく、奪い取るのでもない。

“自分の手で、自分の未来を作る”という、ただ一つの自由。


 


「レベルが上がらない? スキルがない? じゃあ……俺は、自分で作る」



 レオン・グリード。


 レベル1。

 スキルゼロ。

 戦闘不能。

 ギルド追放。


 そんな“無価値”の烙印を押された男が、

 今、自らの手で世界の法則を錬金し始めた。


 


 その始まりは——

 たった一匹のスライム。

 たった5ポイントの経験値。


 けれど、それだけで、確かに世界が少しだけ動いた。



 ——これが、【経験値錬金】による逆転劇の、最初の一章だった。


 

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