第4話

「はい」


声がした。内鍵の開く音がする。なんだ、ちゃんと人がいるじゃない。


扉を開けると、長い黒髪を垂らした、あどけない顔立ちの女の子がこちらを見ていた。歳は私よりもいくつか下だろう。大学の生徒だろうか。


「あの、今日から三日間お世話になります。大木七海といいます」


「ルームメイトね。よろしく」


相手は笑顔で田川千夏と名乗った。二人一部屋。


「あなたは、戊大学の生徒?」


訊くと、首を振った。


「一般講座を受けにきたの。千夏って呼んで」


気さくな雰囲気の女の子だった。仲良くやっていけそうだ。


部屋は思っていたよりも広い。十畳ほどの和室で、左右対称にベッドが置かれている。


ベッドのすぐ横に、これまた左右対称に文机が並んでいる。


一人四畳というところだろうか。二畳分はフローリングになっており、ミニキッチン、ミニ冷蔵庫がついている。


正面から右側を、千夏は使っているみたいだ。私より先に来て、既に何日か使っているのだろう。千夏の私物が、部屋に馴染んでいる。


買ってきたものをミニ冷蔵庫に入れ、私も荷物を片付ける。


空いている文机に座り、予め大学側から送られてきた資料を広げる。


資料といっても、A4の紙を数枚コピーしてあるだけの簡素なものだ。物語の内容を改めて読み返す。

 



作者、タイトル不明。

 

むかしむかしあるところに、争い好きの残酷な神がいました。


神は人々が戦をしている姿を見るのが大好きで、いつも山のはるか高みからその風景を覗いていました。


人間たちは放っておけば喧嘩を始めます。それが愉快でしかたがありませんでした。


人間たちよ。もっと戦え。もっと血を流せ。


神は戦をやめさせないために、こっそり人間たちから盾を取りあげ、矛を用意しました。


ある朝目覚めると、人々の世界には、これまで見たこともない珍しい矛が置いてありました。これさえあれば天下を取れると、みんなは奮起しました。


争いは続きます。


あまりに長い間続いたので、人々はだんだん思考を断たれ、理性を失っていきました。


たくさんの血が流れました。たくさんの死者が出ました。人々はなぜ戦っているのかもわからなくなっていきました。


それでも戦は加速します。


神は大喜びです。


そして戦いを永遠に見ることができればよいと、神はとうとう、人の時間を止めました。


人の時間を、止めました。





文章はここで終わっている。続きもあるのかないのかわからない。


このような物語があったことを、知らなかった。無名の人が書いた、無名の作品。


これをどのように解釈するか。人間放っておけば喧嘩を始めるというのは、今の時代も共通している。


この物語がなにを言いたいのか、どういう意図で描かれたものか、時代の考察とともに紐解いていくのだろう。


地味な講座ではあるけれど、学生に戻れた気分にもなれるし、楽しみだ。今日はここでゆっくり過ごそう。


くすっ、と笑い声が聞こえてくる。 


千夏は私を見ながら、緩やかに笑っていた。ちょっと不快に感じる笑いかただ。


「私の顔になにかついている」


千夏の目は、幼い顔立ちのわりにはやたら鋭い。


「ううん。なんだか楽しそうだなと思って」


深い意味はないようだ。過剰に捉えてしまっただけかもしれない。


「なにか作ろうかと思うんだけど、一緒に食べない?」


千夏はキッチンを指差す。私は自分の空腹具合を確かめてから首を振った。


「まだあまり……」


「食べておいたほうがいいと思うけど。スタミナが大事よ」


協調性も大事だ。一緒に料理を作ることにした。


窓の外は樹木に占領されていて、景色を見ることができない。


茂った葉を、太陽の光が貫いている。外はまだ明るい。なにを思ったのか、千夏は窓を開けると、雨戸を入れ、カーテンを閉めた。部屋が一気に真っ暗になる。


雨戸があるなんて珍しい。立地上、天気が変わりやすいからここでは欠かせないものなのだろう。


「なんで閉めちゃうの。まだ明るいのに」


「ごめんね。暗いほうが落ち着くのよ。食べたらもう眠ってしまいたいし」


眠りたいなら仕方がない。私も長旅で疲れている。今日は早々に寝ることにしよう。


立ち上がり、電気をつけてから、キッチンに立った。


今、何時だろう。腕時計に目をやる。


あれ、一時のままだ。針が止まってしまったみたい。


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