第5話

翌日は千夏に起こされた。結構長い間眠ってしまった。雨戸とカーテンを開けると、強烈な光の筋が葉と葉の間から入ってくる。


朝食は目玉焼き。食べてから、一緒に大学へ向かう。


寮から急激な坂道を二十分ほど登ったところに、大学の建物はあった。


「ぜぃぜぃ言っているけど大丈夫」 


息があがっている。千夏は疲れている様子もなくピンピンしており、喝を入れるように私の背中を強く叩く。


「日ごろの運動不足が祟っているみたい」


「ここにいれば嫌でも鍛えられるわよ」


すたすた歩いていく千夏のあとを、必死になってついていく。


正門から入る。建物は五棟あった。正門のすぐ右手に、円錐の建物がある。受付を兼ねた事務所らしい。


案内図を見ると、事務所以外の建物は中庭を長方形に囲むようにして四棟ある。


この四棟は生徒の学ぶ場になっているのだろう。


事務所の手前から一号館、右が二号館、奥が三号館、左が四号館だ。


千夏は既に手続きを済ませていたらしかったので、別れて事務所に寄る。中年の男性が一人、暇そうに座っていた。


他には誰もいない。七月も終わる。


大学は休みに入っているのだろうけれど。サークルや部活等で出入りする生徒の一人や二人、いないのだろうか。


ああ、と思う。災害で人が町から出ていったのだ。


この大学も、今は休止状態なのだろう。そんなところに人を呼び集めるのはどうなのだろうかと思う。復興のためだろうか。


「こんにちは。一般講座に来た……」


「ああ。はいはい。ここに名前書いてね」


酷くやる気のなさそうな声で、用紙を渡してくる。男性のネームプレートは「寺尾」と書かれていた。

 


いろいろ質問したいことがあったけれど、黙って受付を出て、講義室へ向かった。


大学も一見したところ、災害による崩壊はないように思える。


一号館の二階。ドアを開けると中は広く、自分の目線よりやや下に黒板が見える。段差があるのだ。


一列の机ごとに一段ずつ降りていく形だ。すでに七人ほど人が集まっている。


十列ある机の、前二列にみんなは集中して座っている。ゆとりがあるため、間隔を広く開けて。


一人だけ前から六列目に座っている男の子がいた。芸能人のように整った顔立ちをしており、彼の傍を通り過ぎると、じろじろと見てきた。


私は会釈をして、前へ行く。


一体いつの間にこれだけの人が集まっていたのだろう。


千夏は二列目の真ん中あたりに座っていた。隣には若い男性がいる。私は迷って、二列目の窓際に座った。


右側は一面ガラス張りで、解放感があるように思える。中庭を見て驚いた。


砂場だった。公園にあるような、茶色い砂ではなく、南国の海岸にあるような真っ白な砂が平に埋め尽くされている。 


どの校舎からも、この中庭が見渡せるようになっている造りだ。


「あの、はじめまして」


隣の男の子が体をスライドさせて私に近づき、声をかけてきた。髪はボサボサで、時代遅れの黒ぶち眼鏡をかけている。


「僕、楠と言います」

 

私も名乗った。楠君の隣が千夏。ちゃんと名前を覚えておかないと。


「後ろに座っている人は、森山凛っていうんだよ」


唐突に、楠君が言った。


「知り合い?」


「うん、まあね。彼、イケメンでしょう」


振り返ることはできなかったが、確かに女性に人気のありそうな顔をしている。


「一目惚れしそう? 騙されちゃだめだよ、顔に」


「急になにを言いだすのよ。ここにいる人たちの顔と名前を覚えないと」


二列目にいるのは私を含め三人。前列に目をやる。


目の前にはショートカットの女の子と、栗毛色の髪を伸ばした、綺麗な女の子が座っていた。


二人とも、OLを何年もやっていますという雰囲気だった。


既に仲良くなっているみたいだ。その左隣にがっしりした体格の若い男性。

多分体育会系。


そのさらに隣は、くたびれた五〇代くらいの男性。


流石に一般講座なだけあって、年齢層が幅広い。


一人一人、ゆっくり覚えていこう。


背後からのっそりとした足音が聞こえてきた。受付の寺尾さんだ。


黒板の前に立つと、みんな急に静かになった。


「えー、残念なお知らせがあります」

 

不意に、緊迫した空気が漂う。


「榊原教授が亡くなりました。ここへ来る途中に事故が起きたそうです。榊原教授の運転する車がガードレールに衝突して、即死したみたいです」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る