Section_3_2c「だって、お互い意識してるのバレバレじゃん」
## 8
「貸出ですか?」
私の声が、少し震えている。
もしかして、航は私のメッセージを読んだのだろうか。
「はい」
航が本をカウンターに置く。
バーコードを読み取りながら、私はちらりと本のページを確認した。
私が挟んだ紙は——ない。
どこかに移されたのか、それとも捨てられてしまったのか。
「貸出完了しました」
「ありがとうございます」
航が本を受け取ろうとして——その時、私の手に何かが触れた。
小さな紙切れだった。
「あ……」
航が慌てたように手を引っ込める。
「すみません」
「いえ……」
私は紙切れを見つめた。
そこには、航の字でこう書かれていた。
『同じ本を読んで同じ気持ちになれる——その通りだと思います。でも、同じ気持ちでも、伝える相手がいないと、ただの独り言になってしまいますね』
私のメッセージへの返事だった。
航は、ちゃんと読んでくれていたんだ。
そして——返事まで書いてくれた。
「航くん……」
私が顔を上げると、航はもうカウンターから離れようとしていた。
「ありがとうございました」
そう言って、足早に図書室を出て行く。
残された私は、手の中の紙切れを握りしめていた。
同じ気持ちでも、伝える相手がいないと、ただの独り言になってしまう。
その言葉の意味を、私なりに考えてみる。
もしかして航は——同じ気持ちを分かち合える相手を、探しているのだろうか。
そして、その相手に私を選んでくれたということなのだろうか。
## 9
その日の放課後、私は再び『夜のピクニック』を借りることにした。
今度は、もう少し率直なメッセージを書いてみよう。
家に帰って、私は小さな紙にこう書いた。
『伝える相手——私でよければ、いつでもお話を聞きます。図書室は、いつものように静かで、いつものように私たちを待っています』
書き終えてから、頬が熱くなった。
これは、あまりにも直接的すぎるだろうか。
でも、もう遠回しなやり取りは疲れた。
素直な気持ちを、素直に伝えたかった。
紙を本に挟み込んで、私は明日の返却を待った。
この小さな紙切れが、私たちの関係を変えてくれるだろうか。
それとも、余計にこじれさせてしまうだろうか。
答えは、きっと明日わかる。
## 10
翌日の火曜日、私は朝からドキドキしていた。
昼休みに図書室に行くと、木下くんがカウンターで作業をしていた。
「お疲れさま」
「おー、奏っち。今日は航も来るよ」
「え?」
「さっき、午後の委員会に顔を出すって連絡があった」
午後の委員会。
ということは、放課後に会えるということ?
「そっか……」
なんだか、急に緊張してきた。
もしかして航は、私のメッセージを読んで——
何かを決心したのかもしれない。
「なんか、最近のあんたたち見てると、もどかしくてさ」
木下くんが苦笑いを浮かべる。
「え?」
「だって、お互い意識してるのバレバレじゃん」
意識してる。
そんなに、わかりやすかったんだろうか。
「でも、素直になれないんでしょ?」
素直になれない。
確かに、その通りかもしれない。
「まあ、でも今日なんか違う気がするよ」
「どうして?」
「なんとなく。勘だけど」
木下くんの勘。
当たってくれるといいのだけれど。
そして、放課後——
ついに、航が図書室にやってきた。
## 11
「お疲れさまです」
航の挨拶は、いつもより少しだけ明るかった。
そして、手には例の本——『夜のピクニック』を持っている。
「お疲れさま」
私も、いつもより自然に返事ができた。
「返却です」
航が本をカウンターに置く。
今度は、私の手に直接紙を渡すのではなく——
本に挟んだまま返してくれた。
バーコードを読み取りながら、そっとページを確認する。
紙は、ちゃんとそこにあった。
しかも、今度は二枚。
私が書いたものと——航が新しく書いたもの。
「ありがとうございました」
航が頭を下げる。
でも、今度は足早に立ち去ろうとはしなかった。
なんとなく、カウンターの前に留まっている。
まるで、私の反応を待っているみたいに。
私は、そっと本を開いた。
航の新しいメッセージは、こう書かれていた。
『図書室で待っていてください。今日、委員会の後で——お話ししたいことがあります』
お話ししたいことがある。
私は顔を上げて、航を見つめた。
彼も、じっと私を見ている。
久しぶりに、ちゃんと目が合った。
「わかりました」
私が小さくうなずくと、航の表情が少しだけ和らいだ。
「それでは、後で」
「はい」
航が図書室を出て行く。
今度は、逃げるようにではなく——
まるで、約束を確認するように。
私は手の中のメッセージを見つめながら、胸の高鳴りを感じていた。
ついに、本当の話ができるのかもしれない。
この本が繋いでくれた、小さな手紙のおかげで。
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