Section_3_3a「実は、少しお聞きしたいことがあって」

## 1


委員会の時間まで、まだ三十分ある。


私は図書室で一人、航からのメッセージを何度も読み返していた。


『お話ししたいことがあります』


一体、何を話したいんだろう。


文化祭の日のこと?それとも、この数日間のぎこちない雰囲気のこと?


もしかしたら——私に対する気持ちについて?


考えれば考えるほど、胸がドキドキしてくる。


「綾瀬さん」


突然声をかけられて、私は慌てて本を閉じた。


振り返ると、曽我さんが生徒会の資料を抱えて立っていた。


「あ、お疲れさまです」


「お疲れさまです。一人ですか?」


「はい、少し早く来すぎちゃって」


曽我さんが資料をカウンターに置く。


いつもの通り、きちんとした姿勢で背筋が伸びている。


でも、なんとなく——いつもより疲れているような気がした。


「図書委員の展示、とても好評でしたね」


「ありがとうございます。曽我さんのアドバイスのおかげです」


「そんなことはありません。皆さんの努力の成果です」


曽我さんが微笑む。


でも、その笑顔がなんだかぎこちない。


いつもの彼女らしくない。


「曽我さん、何か——」


「実は、少しお聞きしたいことがあって」


私が何か言いかけたとき、曽我さんが口を挟んだ。


## 2


「お聞きしたいこと?」


「はい……」


曽我さんが少し迷うような表情を浮かべる。


普段の彼女なら、こんな風に言いよどむことはない。


いつもは、はっきりと要件を述べるタイプなのに。


「あの、図書委員の皆さんは——私のことを、どう思っていらっしゃるでしょうか」


「え?」


突然の質問に、私は戸惑った。


私のことをどう思っているか、って?


「どうして、そんなことを?」


「いえ……最近、少し気になることがあって」


気になること。


曽我さんが、そんな風に悩むなんて意外だった。


いつも自信に満ちていて、完璧に見える人なのに。


「皆さん、曽我さんを尊敬していると思いますよ」


「尊敬……」


曽我さんが苦笑いを浮かべる。


「それが問題なのかもしれません」


「問題?」


「尊敬されるのはありがたいのですが——それだけだと、なんだか寂しくて」


寂しい。


曽我さんがそんな言葉を使うなんて、思ってもみなかった。


「距離を感じるんです。皆さんとの間に」


距離。


確かに、曽我さんは少し近づきがたい印象がある。


でも、それは彼女が優秀だからで——


決して、嫌われているわけじゃないのに。


## 3


「でも、それは曽我さんが生徒会で忙しいからじゃないですか?」


私が言うと、曽我さんは首を振った。


「忙しさの問題ではないと思います」


「じゃあ、何が?」


「私、人と距離を置くのが癖になってしまっているんです」


距離を置く癖。


「昔から、完璧でいなければいけないと思っていて——失敗や弱さを見せるのが怖くて」


曽我さんが、ぽつりぽつりと話し始める。


「でも、そうしているうちに——本当の自分を知ってもらえなくなってしまいました」


本当の自分。


私も、似たようなことを感じたことがある。


図書委員長として、しっかりしていなければいけないと思って——


でも、本当はもっと普通の女の子でいたいときもある。


「小学校の頃、学級委員をしていた時のことなんですが」


曽我さんが遠い目をする。


「クラスで問題が起きた時、私が解決しようと頑張ったんです」


「それで?」


「結果的には上手くいったのですが——その後、クラスメイトから『曽我さんは完璧すぎて怖い』と言われて」


完璧すぎて怖い。


きっと、それはほめ言葉のつもりだったのかもしれない。


でも、言われた方には傷として残ってしまったんだ。


「それ以来、人に頼るのが苦手になって——一人で何でもやろうとしてしまいます」


一人で何でもやろうとする。


確かに、曽我さんはいつも一人で作業している印象がある。


でも、それは彼女が望んでそうしているわけじゃなかったんだ。

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