夏の終わり、となりの席

天使の羽衣

夏の終わり、となりの席

 彼女に告白して、振られたのは今日の昼休みだった。

 ちゃんと断ってくれたのが逆にありがたくて、泣くようなことじゃないってわかってたけど、それでもずっと胸の奥が重かった。


 放課後。教室にはもうほとんど人がいなくなっていて、蝉の声だけがやけにうるさく響いている。


「……なに、ずっと下向いて。」


 声がして顔を上げると、夏海なつみがいた。

 小学校からの幼なじみで、となりの席。ツンとしてるくせに、意外と気が利くやつだ。


「別に。ノートまとめてただけ。」


「嘘下手か。」


 彼女はため息をつきながら、僕の隣の席に腰を下ろした。

 ポニーテールを結び直すしぐさが、なんとなく大人びて見える。


「……知ってたよ。あんた、今日告白したでしょ。で、振られた。」


「えっ……なんで知って――」


「見てたから。偶然、廊下から。」


「……はず。」


 思わず机に突っ伏すと、夏海がくすっと笑った。


「まあ、振られるときって、世界の終わりみたいに感じるもんね。」


「うん……終わった感じする。」


「でも、世界って意外と図太くてさ。明日も、何事もなかったように朝は来るし、みんな普通に授業受けるし、給食食べるんだよ。」


「うち、弁当だし。」


「そこじゃない。」


 彼女は机にあごを乗せて、僕の方をちらりと見た。


「でもさ、頑張ったのはすごいと思う。」


「なにが?」


「だって、ちゃんと気持ち伝えたんでしょ? あんた、ずっとぐずぐず悩んでたじゃん。」


 ……それは確かに。

 去年の冬から、ずっと悩んでた。タイミング見て、言葉を選んで、それでも言えなかった。ようやく言えたのに、結果はこれだ。


「バカだよな、俺。」


「うん。バカだね。」


「そこは否定してくれよ。」


 夏海がちょっとだけ笑って、そっと言った。


「でも、そういうバカなとこ、嫌いじゃないけどね。」


「……ん?」


「なに。聞こえなかった?」


「今、なんか言っただろ。」


「言ってない。」


 ふいに彼女が立ち上がった。教室の窓から差し込む夕日が、彼女の影を伸ばす。


「夏、終わるね。」


「……うん。」


「また新しい恋、探しなよ。今度は、ちゃんと近くを見て。」


「近く?」


「……あーあ、やっぱり鈍いんだな、あんたって。」


 そう言って、夏海は僕の頭をぽんと軽く叩いて、先に教室を出ていった。


 残された僕は、頭を抱えて笑うしかなかった。


 本当は、彼女の気持ちに、ちょっとだけ気づいていた気もする。

 でも、それに答えていいのかどうか、まだわからなかった。


 それでも。

 次の恋がどこかにあるなら――きっと、この放課後の続きにある気がした。

 

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夏の終わり、となりの席 天使の羽衣 @tensinohagoromo

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