36怖目 『おばあちゃん』

 

 学校から帰ってくると、お母さんが電話をしていた。


 僕の顔を見るなり、お母さんは電話を切って、慌てたように言った。


 「――ケイタ、おばあちゃんが亡くなったんですって」


 僕は驚いて、「え?」と声を漏らした。


 優しかったおばあちゃん。


 いつもニコニコして、僕の話を聞いてくれた。悲しいことがあれば、頭を優しく撫でてくれた。


 たしかに足が悪くて、あまり部屋から出ようとしなかったけれど――昨日だって、お話をしたばかりなのに。急にそんなことを聞かされても、信じられなかった。


 お父さんも帰ってきて、バタバタと支度を始めた。


 黒い服を取り出して、スーツケースに詰めている。


 「ケイタも、しばらくは学校をお休みね」


 お母さんに言われて、僕はびっくりした。


 「学校、休むの?」


 「これから九州に行くんだから、当たり前でしょう。お父さんの会社もあるから、なるべく早く帰るようにはするけど……」


 ――九州?


 「新幹線の切符、取れたよ。明日の朝出れば、夕方には向こうに着く」


 お父さんが言った。


 「ねえ、なんで九州に行くの? おばあちゃん亡くなったんじゃないの? どうして旅行に行くの?」


 お父さんとお母さんは、驚いたように僕を見た。


 「何言ってるの!? 九州のおばあちゃんが亡くなったのよ!」


 ――九州の、おばあちゃん?


 僕はびっくりした。


 お父さんがすぐに言った。


 「もう何年も会ってないから、顔もあまり覚えてないかもしれないな。……ほら、ケイタはもう部屋に戻って寝なさい。明日は早いぞ」


 言われるまま、僕は二階へ向かった。


 階段を上がる間、モヤモヤしていた。


 二人とも、いったい何を言っているんだろう。


 二階の廊下を渡り、自分の部屋のドアノブに手をかけた。




 そのとき――


 「……ケイタ」


 いきなり名前を呼ばれた。


 振り向く。


 廊下の奥に、もうひとつ別の部屋がある。


 「……ケイタ」


 また呼ばれた。


 僕はドアノブから手を離し、その部屋の方へと向かった。


 そして、声のした部屋のドアを開ける。


 ――ガチャリ。


 中は、季節ものの服が入った段ボールや、使わなくなった家具でいっぱいだった。


 でも僕は、部屋の中を見て思った。


 ――やっぱり、おばあちゃんは死んでいないじゃないか。


 荷物だらけの部屋の真ん中で、いつものようにニコニコと、おばあちゃんは僕を見つめていた。

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