第10話:洞窟の息吹と異様な気配

 待ち時間が、伸びていく。雪がシューと音を立て、風が唸る。


 アーレンは、ボーリンが消えた渦巻く霧に視線を固定し続けた。一分が一時間のように感じられた。キールが横で身じろぎし、寒さと不吉ふきつな予感に文句を言っている。ライラは彫像ちょうぞうのように動かず、エララは静かに警戒していた。


(頼む、ボーリン。何か知らせをくれ)


 そして、音。かすかな、風の叫びにほとんど消されそうな音。短く、鋭い口笛。ボーリンの合図だ。差し迫った脅威はない、と。


(よし。山が何を隠しているか、見てやろうじゃないか)


 アーレンは自分を奮い立たせ、凍った岩に足場を見つけた。


「安全だ。移動するぞ。慎重に」


 彼らは巨大な崖の基部きぶに近づいた。そびえ立つ黒い石の下では、空気がさらに重く、そして冷たく感じられる。岩盤がんばんのかすかな振動が、よりはっきりと伝わってきた。


 そして、彼らはそれを見た。灰色の岩壁に、黒々と口を開ける不規則な亀裂きれつ。洞窟の入口だ。ぽっかりと開いたその口は、まるで闇そのものを吐き出しているようだった。


 肌で感じられるほどの冷気が、その口から流れ出てくる。刺すような山の空気よりも湿っており、より深く突き刺さる冷気。アーレンのマントの下で、肌にあわが立った。次の息が、喉の奥で鋭く凍りつく。空気そのものが濃く、圧迫感があり、押し返してくるように感じられた。


 湿った石と、土の黴臭いかびくさい匂い。それに混じって、鋭い、ほとんど金属的な刺激臭があった。稲妻が落ちた後の気配に似ているが、それよりもさらに冷たく、生命の感じられない匂いだった。


 そして奇妙で低い唸りうなりのようなものが、耳ではなく頭蓋骨ずがいこつの奥深くで響いた。アーレンの目の後ろの圧力が、もよおすほど強く脈打つ。


(女神め、ここは何なんだ……?)


(彼は若い頃から何十もの欠片狩りに参加してきた。むき出しの神の力に触れた時のあの感覚も、聖穢せいえの悪臭も、欠片の低い唸りも知っている。)


(だが、これは違う。強い。この圧力、この骨まで届く冷気……ただの寒さじゃない。内側に入り込んでくる。……異常だ。完全に)


 その時、エララが入口に近づき、黒い口を覗き込んで——凍りついた。彼女の体が硬直する。彼女は、微細びさいに身を震わせた。


「石が……光が、歪んでる……」


 彼女はあえいだ。


「それにこの苔……見て、この形……まるで、ここの理そのものが塗り替えられてるみたい……!」


 彼女はその時、アーレンが滅多に見たことのないほど、全身を激しく震わせた。


「苔や菌類きんるいが……まるで、この地の理とは違う何者かによって、作り変えられているかのようだ……」


(なんて顔してやがる。あり得ないものでも見たという顔だ)

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