第一章 ②
「もういいです。僕はもう行くんで話なら後に――」
「失礼しまーす。先生、ちょっと体育館使いたいんで鍵を……って、あれ?」
その時、緑の背後で職員室の扉が開き三人の男女が入ってきた。その内の一人、ワックスで髪をうねらせた長身の男子生徒が緑の顔を見て驚く。
「鹿ヶ谷だっけ? 何してんのこんなところで」
「……えっと、ちょっと用事があって」
話しかけてきたのは隣のクラスの確か敷島(同学年内で人と話す機会がないので名前はうろ覚え)だった。
バレー部所属で身長は目測で一八〇を超えている。成績はそんなに良くないらしいが運動神経抜群でいつもクラスの中心にいるような活発な男子であり、それに加えて殆ど絡みのない緑の事もちゃんと覚えている良い奴である。
だがその隣には、もっと緑にとって覚えのある顔があった。
「み、緑くん! やっと見つけた!」
ごうっと風が巻いた。敷島の後ろから飛び出してきた一人の女子生徒が、緑の手を握ってぶんぶんと握手する。
「お昼ずっといないと思ってたらこんなところにいたんだね! ずっと私探してたのに!」
「なんだ? 四条こいつと仲いいの?」
「え~、なになにぃ?」
驚く敷島とその隣の女子生徒が間延びした様な甘ったるい声で笑う。しかしその姿は詩の姿に隠れて見えない。
四条詩。小学校低学年から家が隣通しで、小中高と全て同じだった幼馴染だ。だがその上背はこの数年で急激に大きくなっていた。
でかい。身長は恐らく一八〇センチを超えており、敷島と大差ないぐらいの上背となっていた。それに加えて大きな身長に加えて出るところが出ているプロポーション、それに中学入学前に美容室が張り切り倒して整えたというゆるくパーマのかかったミドルショートの髪型のお陰で、中学時代から見違えるほどに可愛らしくなっていた。
それらのせいで詩は入学直後から大人気。クラスの中でもいろんな生徒に話しかけられ、放課後もよく遊びに行き、また恵まれた体格から身体能力も高い為運動部の助っ人としても引っ張りだこ。要はリア充真っただ中を進んでいるのである。
一方緑はと言えばいまだにクラスの中にもなじめずにおり、常に人に囲まれている詩には学校内で話しかけることが出来ずにいた……というよりは緑の方から避けていた。しかし詩の方は未だに、緑を見かけるとゴールデンレトリバーばりに嬉しそうに駆け寄ってくるのである。
「ね? 緑くんお昼もう食べた? 実は今から体育館で皆でバスケしよって言っててね! もしよかったら緑くんも一緒に来ない?」
「……あー」
尻尾があったらぶんぶん振っているだろうというようなテンションの上り具合だったが、緑は返答に困って曖昧に笑って視線を逸らす。
詩に自覚があるかは分からないが、昼休みに体育館で仲のいい連中たちとバスケなど、緑からすれば神々の遊びに等しい。そんな場所に自分が行ったら空気がガチガチに冷えるのが目に見えている。折角のバスケをアイススケートにはしたくない。
後ろの敷島も嫌そうな顔をしていた。もう一人の女子……確か月島だか月山だったかそんな名前だった。そいつに関してはこちらを見てもいない。ずっと髪を指でいじって退屈そうにしている。
「ね! 皆にも緑くんのこと紹介したいし!」
「あー、えっとな……」
ちらりと後ろにいるアストリッドの方を見る。それだけですべてを察してくれたアストリッドはこくりと小さく頷いた。
「ごめんなさい四条さん。鹿ヶ谷さんには次の授業の準備をお願いしていて、ちょっと手が離せないんです」
「え? じゃ、じゃあ私もそのお手伝いを――」
「はいはいもういいだろ四条。あ、先生体育館の鍵借りてくっすね」
「ええ、きちんと予鈴までには返してくださいね」
まだ食い下がろうとする詩だったが、敷島が話を遮り職員室の入り口近くにかかっている体育館の鍵を慣れた手つきで勝手に拝借していく。
「ま、待ってよぉ! 緑くんがまだ!」
「ねぇ早く行かなーい? 私立ってるの疲れたんだけどー」
「おお、早く行こうぜひな!」
女子生徒が唇を尖らせ、敷島が笑いながらその肩に手を回す。どうやら二人は交際しているらしい。緑が詩を除き一人も友達が作れずにいるにも関わらず、既に彼女を作っている奴が同学年にいる。
どんなトリックを使っているのかちょっと聞いてみたい気もしたが、きっとこの先三年間敷島とは喋る機会もないのだろうなという気もしたので大人しく諦める。
詩もようやく観念したのか、渋々といった風に敷島について行く形で職員室を後にする。ようやく嵐が去ったかと安堵した緑だったが、その時敷島の彼女である女子生徒が横目にこちらを見ながら、何でもない事の様にその言葉を口に出した。
「もー、時間かかりすぎ。来花ちゃん待たせてるんだよー?」
「え?」
「……なーに? どーしたのぉ?」
思わず反応した緑に、細い目を僅かに開いてひなと呼ばれた女子生徒が緑の目を見据える。何の熱もないその視線に緑は「いや、なんでも……」と少し声を擦れさせながら返した。
「なんだよひな、どうかしたか?」
「ううん、なんでもなーい」
そう言って三人は職員室を後にしていく。呆然としている緑の後ろにいそいそと歩み寄ってきたアストリッドは、何故か少しそわそわしながら囁いた。
「分かりますよー。既に完成されたコミュニティに参加させられるなんて地獄ですもんね。鹿ヶ谷くんには楽しい学校生活を送ってもらいたいですが、それはさぁすがにきついですよね」
「何でちょっと嬉しそうなんですか」
やたらとこちらの表情をうかがって嬉しそうにしているアストリッドを尻目に、先ほど聞こえたあのひなとかいう女子が出した気になる名前を頭の中で何度も呟く。
この星崎高校は家から電車で三十分とそこそこ遠いが、それでも詩の様に何人かは同じ中学の生徒もいる。なので彼女の名前があってもおかしくはないのだが……。
「まさかな」
変な予感を拭う様に、緑は小さく呟いた。
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