第16話 二人乗り
ミニバイクは遅かった。道の端を走り、あらゆる年式の車に抜かれ、自身はなにひとつ抜かすことがない。自転車での追跡でも不可能ではなかった。
しかし、相手は車道を行く。こちらは自転車だった。信号機で、どうしても停止することになる。
しかも、こちらは二人乗りだった。ミズメがハンドルを握り、ミズメがペダルをこぐ。
マキノがすることといえば、信号待ちの際、一度、自転車から降りるくらいで、発進するとき、少し押すだけ。文字通り、微力ながら、といえた。
いっぽうで、白昼の街を自転車二人乗りは、目立っていた。
ミニバイクは川沿いを走り続け、そこには美術館が点在している。見栄えのいい橋は、観光地的注目度もあり、立ち止まり、そこで川と街を眺める者も多い。
そこへ二人乗りの自転車が走って来る。それも、可憐な少女がペダルをこぎ、少年は後ろに乗っている。
その構図が、奇妙なバランスを孕み、人々の視線が集まった。
すでにミズメは息を切らしている。
そして、信号待ちになる。
マキノが声をかけた。「あの、ドライバーチェンジを。どこかでピットインをみたいなことを」
いっぽう、こちらが信号を待っている間、ミニバイクの紳士は、どんどん行ってしまう。
けっきょく、交代する間もなく、信号は変わった。自転車も進めるようになる。ミズメはペダルをこぎ出す。
自転車は、午後の川沿いの道を走る。吹く風で、ふたりの髪と、服をもてあそぶ。ミズメの額には、汗が浮かび始めていた。自転車ロードも特別広いわけでもなく、ふたりの乗る自転車の横を、車両が遠慮ない速度で、びゅんびゅん、と通り過ぎてゆく。ミズメは必死だった。だが、おそらく、はたから見れば、午後の町を学生ふたりの若人が心の遊戯として、ふたり乗りをしているようにしか見られまい。ましてや、ミニバイクを追跡中とも想像できまい。
とうぜん、二人乗りをしているところを警察に見つかれば捕まる。そうなれば、発信機の行方はわからなくなる。
綱渡りの追跡だった。でも、事情を知らぬ目撃者たちには、綱渡りには見えない。そういうデートに見えてしまう、そういった不条理さ、それを抱えての追跡だった。
やがて、ミニバイクは橋へ入る。川を渡ってゆく。自転車側の信号は、赤だった。ミズメはここでもキチンと待つ。その間に、ミニバイクはどんどん遠ざかる。信号を待つ間、彼女は呼吸をととのえていた。激走であるにもかかわらず、ふしぎと苦しげな表情をしていない。
マキノは、後ろから、その表情をのぞきこんでいた。で、しばらくして、顔を赤くしている。
彼女と、とてつもなく至近距離にいることを、いまさら意識してしまったらしい。動揺している。脆弱な青春を過ごして来た、ツケである。
孫批判をしていると、信号が変わった。ミズメが自転車を走らせる。
橋を渡って、川を越える。いい天気だった。陽の光を受けて、川の水面も、ダイヤモンドをまき散らしたように煌めいている。じっさい、川の水質は、キビしいものがあるが、現実より美しく見えることがあるのが、川というものだった。
橋を渡ると、街の中へ。
ミニバイクが小道へ入った。
二人はそれを追う。道幅は狭いが、信号がない。そして、相変わらず、ミニバイクは遅い。
チャンスだった。一気に追いつける。
「マキノさん」
ふと、ミズメが名を呼んだ。
「あ、はい」
「だめです」
「だめ」
「だめです、わたしなんか、たのしいです」
妙なタイミングで、妙は告白を放って来た。マキノは、きょとんとした。
「こんなふうに、自転車で街の中を走ったの、わたし、はじめてです」
頬に透明な汗が浮かんでいた。息も切れているが、マキノから見える彼女の横顔は、ハツラツとしていて、彼女自身が、ひかり、輝いているかのようだった。
やがて、前方を走るミニバイクが停車した。広場の入り口だった。ぼろぼろ紳士服の男は、発信機を入れた袋を背負い、広場の入り口へ入ってゆく。ミズメは最大エネルギーを消費して、自転車を加速させる。そして、ミニバイクのそばで急停車した。が、あまりに急すぎたためか、自転車のブレーキシステムがはじけ飛んだ。そのまま止まらず、自転車は行きすぎてしまう。ミズメは「あ」と、いった。何度かブレーキを握るも、彼女の表情には、こう浮かんでいた、ブレーキの手ごたえが、ない。なんど握っても、すかすかだった。
で、とうぜん、うしろに乗るマキノも運命共同体だった。ミニバイクを通りすぎてもなお走る続ける彼女へ「あ」と、いった。
「あの、マキノさん」
「はい」
「わたしを止めてください」
「はい」
と、つい返事したものの、ただ、顔が赤くなっただけで、マキノの出来ることはない。
自転車は地味に緑の植え込みへ突っ込んだ。
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