第7話 敷島秀雄 ー3ー
「いいだろう。……長渡君は、大麻とかMDMAとかラッシュとか、そんな違法薬物をやっているということはないかな? あるいは市販薬のオーバードーズとか……。それで彼は幻覚を見て君に電話をかけてきた。ミイラとか、沼に浮かぶ校舎とか……」
敷島は単刀直入に尋ねた。
「そんなもの、ショウはやっていません。もちろん、俺も」
敷島はじっと拓海の瞳を見つめた。長い教師の経験から、生徒が嘘をつけば態度で分かる。
彼の瞳が語るものは真直ぐだった。
「分かった。信じよう。……すると分からなくなる。彼はどこにいるのか、どうしてミイラを見たのか……」
「俺だって分からない。てっきり冗談だと思った。けど……」
彼が唇を結んだ。
「けど……なんだね?」
「ショウが言ったんだ。助けてくれ、って。あの時俺は、信じてやれなかった」
「助けてほしいと言ったのか?」
尋ねながら、嫌なことを聞いたと思った。生徒が教師の助けを拒絶するのなら、助けることができなくても言い訳ができる。故事にあるように、牛を川に連れていくことはできても、無理やり水を飲ませることはできないからだ。しかし、長渡翔平は助けてくれ、と言ったらしい。
他校の生徒との喧嘩とか、夜の街で大人とトラブルを起こしたのか、何らかの犯罪に巻き込まれている可能性が考えられた。闇バイトとかパパ活とか、古臭い美人局とか、高校生が関わる犯罪は多い。それが分かっていながら放置したら、学園側の怠慢を非難され、あるいは無能と笑われることになるだろう。
「ああ、普段なら、絶対そんなことは言わないのに……」
彼の表情が曇った。
「わ、分かった。で、長渡君のいる場所に心当たりはないかな。カラオケとかゲームセンターとか……」
「また、それ……」
カラオケとゲームセンターを悪玉のように取り上げたことに拓海が呆れていた。
「彼は助けを求めていたのだろう? 居場所の見当がつけば、先生が探しに行くよ」
生徒を助けたいわけではない。学園の評判を、自分の立場を守るためには動くしかない。
「分かりました……」
彼はいくつかのカラオケ店の名前を上げた。そこでは歌うだけでなく、ギターの演奏をしていたらしい。翔平の本来の夢はバンドを組むことだったけれど、父親の期待通りに経営者になるつもりらしい、と教えられた。カラオケ店以外には、ファミレスとハンバーガーショップの名前があがった。ゲームセンターで遊んだことはなかったらしい。
「……他に行くとしたら映画館だけど、今は面白そうなものがないから、それは候補から外していいと思う」
「そうか、教えてくれてありがとう」
拓海があげた店をメモに取り、瑞穂の様子を窺った。彼女たちの話もおおかた尽きたものらしい。口を利いている様子がなかった。
「雨下先生、こちらは終わりますが……」
「アッ、私たちは終わっていました」
そう確認しあって拓海と羽乃を帰した。
「違法薬物に手を出しているようなことはなさそうでしたが……」
瑞穂の報告に、「こちらも同じです」と応えた。
「助けてくれ、と電話で言ったそうです」
職員室に向かいながら話した。窓の外にグラウンドが見える。陸上部やサッカー部が部活動の準備をしていた。
「それって……」
彼女が目を丸くした。
「はい。無視できない状況だよ。保護者に長渡君の無断欠席を報告したのち、鹿賀君から聞いた場所を回ってみるつもりです」
「それなら私も」
彼女の申し出は〝渡りに船〟だった。翔平が移動している可能性がある。それなら二人が一緒に行動するより、別々に尋ねた方が遭遇する確率が高まる。メモのコピーを渡し、先に行くように頼んだ。
職員室に戻り、電話の受話器を握るとため息がこぼれた。生徒の失踪を理由に、保護者に電話を掛けるのは2度目だった。学園の呪いを伏せて話す、それはとりもなおさず嘘をつくということだ。精神的な負担が大きい。
しかし、今回は少し違う。拓海の元に電話があった。ならば、長渡翔平の欠席は、単なるさぼりの可能性が高い。ミイラとか沼とかいった妄想のことには触れずにおけばいい。長渡翔平に精神的な問題があるなら、それは彼らの家族の問題だ。……自分に言い聞かせて電話のダイヤルボタンを押した。
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