第6話 敷島秀雄 ー2ー
教室に戻ると、教壇の瑞穂が青い顔をしていた。荒い息をし、立っているのがやっとの様子だった。女子生徒が数人、彼女を案じて支えていた。
「席に掛けなさい……」瑞穂を座らせ、介抱していた生徒に訊いた。「……何があったのかな?」
「甲斐君のお兄さんもここで失踪したという話をしたら……。アッ、その前に長渡君から電話があって……」
答えたのはクラス委員長の愛衣だった。
「何だって?」
過去の失踪事件では家族や友人に電話があったと聞いたことがない。失踪者からの電話が確認できたのは初めてだった。
翔平は呪いで消えたのではなく、普通の家出なのか?……ホッとしたところで、驚くべきことを聞かされた。
「教室にミイラ化した遺体があると話していたそうです。それに、学校の周りが沼になっているとか……」
「沼だって……?」
ヤバイ!……頭に浮かんだのは、長渡翔平はどこかで薬物を使っているのではないか、ということだった。
呪いによる失踪でないことは喜ばしいことだが、薬物を使っているということが世間に知られたら学園の名声に傷がつく。……思わず、生徒たちを見回した。長渡が薬物を使っていたとするなら、単独ということはないだろう。子供というのは群れたがり、悪事を誇ったりするものだ。
「長渡と……長渡君と親しかったのは誰かな?」
長渡の共犯者を探し出すつもりだった。仲間なら、彼の居所も承知しているに違いない。
「俺、かな?」
教室の中ほどで拓海が手を上げていた。
「私も」
最前列で羽乃が怯えたように手を上げた。
「それじゃあ鹿賀君と稲葉さんは残ってくれ。少し聞きたいことがある。他の者は帰りなさい。寄り道などせず、まっすぐ帰るように。それに長渡君が欠席したことは誰にも話さないこと。ミイラの話も厳禁だ。君たちなら分かっていると思うが、SNSにあげるのも不可だ。変な噂が立ったら、長渡君が戻りにくくなるからな。万が一、彼と連絡が取れたら、先生たちは怒っていないから学校に戻るように、と伝えてくれ。……それじゃ委員長、号令を」
もっともらしい理屈をつけて生徒を帰した。そのころには瑞穂も落ち着いていて、顔に血色が戻っていた。
「雨下先生、ちょっと……」彼女を呼び、羽乃に事情を聴くように指示した。長渡が薬物を使っていなかったか、使っているとしたら誰から手に入れているのか、羽乃が一緒に薬物を使ったことはないか?……そういったことだ。
「分かりました」
彼女は羽乃の席で事情を聴く。敷島は拓海を教室の一番後ろの席に呼んで正対した。
「率直に訊く」
「ハイ」
「長渡君は素行が良くなかった。仲が良かったのは……」
「俺です」
「他には……」
彼の視線が羽乃のポニーテールに向かい、それから「カイ、かな?」と言った。
「甲斐幸次君かい?」
子供同士の呼び方が分からないので、念のために尋ねた。
「コウじゃないよ。
「ああ、大隅君か。彼は一匹狼のようだが……」
「俺とショウがクラスで浮いているから、よく声をかけてくれるんだ」
「でも今日は、手を上げなかった……」話がそれてしまったことに気づいた。「……まあ、いい。それで君と大隅君、長渡君は、カラオケとかゲームセンターとかに遊びに行っていたのかな?」
「そりゃあ、まあ……」
「その時、他校の生徒とか、知らない大人と話すこともあったのだろう?」
尋ねると、拓海の表情が歪んだ。
「先生、何を訊きたいの? なんだか回りくどいんだけど」
子供は大人の配慮というものが理解できないものだ。しかし、それが分かっているからといって、彼らの無礼を笑って許せるものではない。ただ、彼らを笑って無視することはできる。それが大人だ。……敷島は少しだけ口角を上げ、「そうだな」と応じた。
「高校生は難しい。半分大人で半分子供だ。いや、時々大人で、時々子供。都合よく使い分けることができる」
「先生、訳の分からないことを言ってないで、さっさと要件に入ってくれませんか? 俺だって暇じゃないのです」
ガキが、小賢しい。……フンと、荒い息が漏れた。
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