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ʚ傷心なうɞ

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 日本のどこかに存在する都市、つる市。その名の通り、鶴が夜に見る夢のように美しいビル群が印象的な場所だった。そして、同じく日本のどこかに存在する都市、鳴狼なるかみ市。ここもその名の通り、狼の鳴き声のような凛々しさを思わせる、無駄のない洗練された街並みの都市であった。

 この二つの都市には、全国各地様々な場所から人が訪れる。それ故多くの人間が行き交っており、両都市は常に活況を呈しているのだった。

 しかし、皆の目的は観光なんぞではない。

 二都市に数多く存在している、テレビ頭の人間を目当てに訪れているのだ。

 テレビ頭は道路の端に等間隔で立ち並んでおり、そのどれもに大規模な人の群れがあった。液晶から放たれる光を皆、『神だ』『過去最高だ』といった言葉を並べながら眺めていた。

 このような光景は、二都市の至る所で確認できた。

 街中の活況は、これらによってもたらされているものなのだった。

「くっそ……」

 そんな街の中で、仮面を付けた男が漏らした。

 仮面の人間というのは、テレビ頭と比べかなり少数ながらもこの街に生きる者達である。街中を見てみれば、同じく道端に立っている奴らが確認できた。

 しかしこの男は、行き交う人間と並んでコンクリートの上を歩いていた。

 その目的も同じく、テレビ頭だった。

「……何であいつらが」

 仮面の男は、頭を苛立ちと共に掻いて言う。そのうち近くへたどり着くと、取り巻く群衆からはやや距離を取りつつ、画面へと目を向けた。


 そこで流れていたのは、男が複数の女性をはべらせ不快な面で笑う映像だった。映る男はだらしなく肥えた腹と不細工な面であるが、傍に着く女性らは正反対に美女ばかり。だが男に対し皆見蕩れているのか、誰一人不満の表情を浮かべたりすることはなかった。


 そんなうとましい映像を、群衆は狂喜し見ていたのだった。

「気持ち悪っ……」

 群衆に対して、映し出された映像に対して。侮蔑の言葉を吐いた仮面の男は、液晶から目線を逸らしてその場を去った。

 だが、すぐ別のテレビ頭と群衆が見えた。

 仮面の男は群衆の外側から、再び映像を眺めた。


 今度流れていたのは、先の映像にも居たような不細工な男が、何やら魔物らしき生物と戦っている映像だった。ただそれは『戦い』というには余りに一方的なもので、男は汗ひとつ流さず相手へ斬撃を加えていた。やがて男の手からは強烈な光が放たれ、魔物が息絶えたような様が映った。すると、男の周りには再び女性が現れた。彼女らもまた先の映像と同じように、男のことを崇め慕って笑顔で擦り寄っていた。


「こいつもだ……どうして全部こうも……!」

 仮面の男はまたもそんな言葉を吐くと、明後日の方向へ目線を移す。そのまま、苛立ちの籠る強気な足取りでその場を去った。

 しかし男の視界には嫌でもテレビ頭が入り、男はその度、先のような言葉を吐いては離れることを繰り返すのだった。

 そうして街中を歩いていた仮面の男は、いつしかその脚を止めてしまった。

 一度大きく息を吐き、並ぶテレビ頭のように道の端へと歩み寄る。

「……もういいや、あんな奴らを見るのはやめだ」

 仮面の男はそう言うと、眼前の道を行き交う人々へ声をかけ始めた。

 見境なく手当り次第、視界に入る限りの肩を叩いていた。

「なあ、仮面の中を見てくれないか? きっと、テレビの奴らよりも――」

 しかし、誰も興味を示すことは無かった。

「よく分かんないし……面倒臭いからいいよ」

 人間は、男へそう言った。

「最初っから中見せりゃあいいじゃん。一々自分で見るなんて時間かかるだろ?」

 人間は、男へそう言った。

「でもっ、その過程にだって面白さってものがあるんだよ! 頼むから一回だけでも……!」

 一度、仮面の男は反論をぶつけた。

「嫌だ。どこが面白いんだか」

 それでも、返ってきたのは嘲笑だった。人間は仮面の男を適当にあしらい、近くのテレビ頭へと歩き去ってしまった。

 仮面の男は、孤立した。

 街中で一人立ち尽くし、誰に見向きもされず。

 だが、仕方の無いことだった。

 この街を訪れる人間は皆、テレビ頭を求めている。仮面の者らには、需要が無いのだ。僅少ながら観衆に囲まれる者もいるが、そうなれるかは運次第。小数点なぞ見えぬ程、遠く離れた1を引かねばなし得ないことなのだった。

 仮面の男は一度、ため息をついた。

 おもむろに目線を上げると、またも視界にテレビ頭が映った。

 多くの人間に囲まれ、『最高だ』『神のようだ』と歓声を浴びている。

 自身と対象的なその姿に、再び仮面の男は俯いた。

 それから、仮面の男はその場を離れた。

 何か諦めたように、自身の家へと帰った。




 家の扉を開けてすぐ、男は仮面を外した。そのままバタバタと足音を鳴らして、部屋の鏡の前に立った。脳天から足先までを映す、全身鏡。


 そこに映った顔は、実に美しいものだった。


 西洋の彫刻を思わせる凛々しい顔立ちと、絵画のように鮮やかな極彩色の瞳。この世の言語では表し難い程の、抽象的で、迫力のある美しさがそこにはあった。

 だが、男はそれを見て表情を歪めた。

 決して、自らの顔が嫌いなのではない。

 これが、正当に評価されなかったことが悔しかったのだ。

 仮面の向こうを覗けば、こんなにも美しいものがあるというのに。思考を放棄し、『面倒だ』『意味が分からない』『一々手間のかかることを』と否定され。あんな品性の欠片もない者共より下に扱われ。必死に作り上げたものを、折られ、貶され、挫かれ。

「……でも、もうどうだっていい」

 こんなやり方、皆は求めていないのだ。

 プライドだ美学だと気取るのは、阿呆でしかないのだ。

 男は、足早に机へ向かった。置かれたキーボードを、何も考える事なく我武者羅に打ち続けた。

 幾度か、朝日と夕日が入れ替わった。


 その果てに、机にはテレビが置かれていた。


 男は自らの頭を引っ掴み、そこらへ放り投げた。どうせ求められていないならゴミも同然。誰も必要としていないのだから、捨ててしまえばいいと思った。

 そして、それと代えるように。

 テレビを、自らの頭とした。

 映っていたのは、これまで何度も侮蔑をぶつけたはずの光景だった。

 不細工な男が女性を侍らせ、自らに酔いしれているような不快な様。

 元仮面の男は、頭をそう光らせ外に出た。




 扉を開け、数日ぶりの道路に立つ。


 すぐに、周りに人が集まった。


 視界を埋め尽くさんばかりの人間が押し寄せ、先般とは見違えるような光景が広がっていた。群衆が皆自分のことを見蕩れたように眺め、目を輝かせ、狂喜的な言葉を以て崇めていた。

 ああ、やはりこれで良いのだ。

 こうすべきが、正しい。

 こういうのを、皆求めているのだ。

 こうする人に、人気にんきはあるのだ。

 

 ほら、もっと俺を見ろ。


 俺は、神なんだろ?


 お前らは、俺が好きなんだろ?


 俺は、人気者だr


 「なあ、あっちの奴見ようぜ!」

 

 一声、群衆の中から響いた。

 同時。目の前にあったはずの群衆は、消え失せた。

 残ったのは、面影だけだった。


 俺は、皆に囲まれていたはずだった。


 人気者で、神とさえ言われたはずだった。


 気づけば、群衆の方へ目を向けていた。

「いいや、さっさと次行こうぜ」

 群衆は、またも別のテレビ頭へ移った。

 そしたら数分と経たず、別のテレビ頭へ移った。

 数秒と経たず、別のテレビ頭へ移った。

 

 ああ。俺は、消費されたのだ。あいつらも、消費されていたのだ。


 使い切りの性具みたいに、ただ消費されて終わった。


 あんな真似をして生まれるのは、常なる人気にんきじゃなかった。


 ただ、一時の人気ひとけだけだった。



人気 完


※この物語はフィクションです。

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