異世界転生調査官〜転生者のために素敵な余白をご提供します〜

再図参夏

第一部 異世界転生調査官

天界にようこそ

01.異世界転生所ー日本支部にて

「ハーレムチートかつ、死ぬまで金に困らない、世界を救った賢者の子孫的な人生でお願いします。それと、顔はあまり嫉妬を買いすぎないくらいの、丁度良いイケメンで」


 原島テツオ(三〇歳)、フリーター(レンタルビデオ店勤務)。

 死んですぐさま、眼前にいる天使にそんな要求を突きつけた。

 転生させてくれると言うのだから、言えるだけの要望は伝えるべきである。


「みなさん、そうおっしゃいます。ですが、そんな枠は余っていません」


「じゃあ、チートいらないので引きこもりニートかつ、可愛いメイドさんに囲まれたエッチな貴族人生で。あ、俺の近くにざまあ系の令嬢を転生させないでください。断罪されるのは恐ろしいので」


「はぁ…………」


 ごった返した役所の中、眼鏡をかけた天使のため息が響く。


 テツオが死んだ後に辿りについたこの〈天界〉という場所は、まるで日本の区役所のような場所だった。

 死んだ人間は片っ端からこの受付に送られるため、多くの人間が、番号札を片手に待合室の椅子に座らされているのだ。


 夢がない。あまりにも。

 神聖な白い空間だったり、ほぼ全裸のような艶かしい女神様に出迎えられたりする訳でもなく、まるで住民票の申請をするような既視感のある光景。


「テツオさんの生涯経歴によりますと……」


 淡々と書類の束に目を通す天使、その顔立ちも日本人そのもの。

 女優と見紛うほどに整った顔をしているが、キューピーマヨネーズのパッケージのような白い翼も生えてはいない。

 身に纏うのは素朴なレディーススーツ。その胸元には──


【異世界転生所 日本支部 

       事務員 田中ミカゲ】


 そう書いたネームプレートがキラリと光っている。

 まったく死んだ気がしない。もっと神聖で、今までの人生を労うように耳元で語りかけてほしい。現実の延長戦のような仕上がりで幻滅させないでほしい。


「テツオさん、人外も人気です。スライムやオーク、ゴブリンなんかどうでしょう? 珍しいところで昆虫系もありますが」


 言われて、テツオは警戒を強くし眉を盛大にしかめる。

 この女、苦労させる気だ。テツオが怠惰で卑屈な人生を送っていたのを見越し、次には試練の多い肉体に転生させる気なのだ。


「田中さん良いんですか? 俺みたいなのが人外に転生したらすぐ死にますよ? そしたらまたここに並ぶだけです」


「自殺したらダメですよ? 自殺すると異世界ではなく浄獄じょうごくという、いわゆる地獄というものに送られることになります」


「いや、自殺じゃなくて……苛酷な環境に耐えられる気がしないだけですが」


「チート能力をつけましょうか? 足が異様に早くなるカマキリのオスとかどうですか?」


 最悪だコイツ、と、テツオは心中で舌打ちをする。

 馬が合わない。この女は、自分のモチベーションを下げてくる。


「カマキリって、最終的にメスに食われるんでしょ? 絶対に嫌です」


「そうですか……じゃあ、どうしましょうね……」


 田中は冷たく、まるでこちらがワガママを言っているような響きで声を落とす。

 その態度に、テツオは心底と苛立ちを覚えた。どうしても人気のない異世界に送りたいらしい。

 中学のときの運動会を思い出してしまう。誰もやりたがらない二千メートル走に、クラス委員長の独断でテツオがあてがわれた。あの忌々しい状況と似た現象が起きようとしている。


「そんなニッチな転生先を推してくるということは……なんかノルマがあるんですか? 枠を埋めないといけないとか?」


「正直に言えば、そうですね。せっかく用意した人外転生の枠が埋めたい気持ちがありまして。それに──〝一定の重罪を犯した方〟には人外をオススメするようにしています」


 一定の重罪。その言葉にテツオは「はい?」と首を傾げる。

 生前犯した罪といえば、小学生のときに駄菓子を万引きしたのと、近所の公園で立ちションを繰り返していた。後、未成年で酒を飲んだこともあったか。タバコも吸ったことあるが、父親にしこたま殴られて三日で喫煙人生を終えている。


 その程度の罪で、カマキリ転生にあてがわれなきゃいけないのか。重ねた善行で余裕でチャラにできるのではないか。


「俺、女子高生を助けて死んだんですよ?」


 そう、テツオは女子高生を庇って命を落としたのだ。


 つい先ほどのことだ。雲ひとつない夏の朝、横断歩道の信号が青く点るなか、巨大なトラックが女子高生に向かって速度を緩めることなく突進していた。

 酔っ払い運転だったのだろう。女子高生の後ろを歩いていたテツオは、反射的に彼女を突き飛ばし、自分がトラックに轢き殺されることを選択した。


 若き命を死守したのだ。その功績を踏まえると、カマキリにされるのはあまりにも無慈悲だろう。


「それなのですが──」


 田中が平たく言って、テツオの背後を指差す。

 その指の方向を目で追うと、一人の少女が待合室の椅子に腰掛けていた。


 ブリーチ剤で軋んだ金髪に、よく焼けた褐色の肌。見に纏うは近所の高校の制服。

 雑誌の表紙を切り取ったような、ステレオタイプのギャルが気怠そうにしている。


 その姿は、まさしく、テツオが救おうとした女の子だった。


「……なんで……」


 なぜ、ここにいる。死んでしまったのか?

 トラックに轢かれたのは自分であると言うのに。


「テツオさん、あの子はあなたに突き飛ばされて亡くなりました」


「はい?」


「あなたが突き飛ばした先、ガードレールに頭をぶつけて、死亡しております」


「そんなまさか!」と、テツオが女子高生を凝視していると。


「ファッ◯」


 こちらに、綺麗に中指を立ててくる。

 恨まれて当然なのだろうか。彼女の握る番号札に『三一番』と書いてある。

 

「阪神タイガース、掛布の背番号だ……」


 テツオの混濁した思考が現実から逃亡し、うわ言を呟かせた。

 父親が後生大事にしてた野球カードが脳裏を通過したのだ。

 

「あなたには殺人罪が適用されます。なので、過酷な人外転生が順当でしょう」


 呆然とするテツオの背中に、田中が滲むように投げる。


「彼女、大沢アイカさんは将来、お医者さんになりたかったそうです。母親を病で亡くされてから、つらい思いを誰にもしてほしくないという一念を抱え、彼女は進路を定めていました。それなのにあなたは──」


 追撃とばかりに、盛大に罪悪感を煽ってくる。


「そう……ですか……」


 最早、反論はない。事故とはいえ、女子高生の素晴らしき未来を摘み取ったのだ。 

 助けようと思ってやったことが、とんだ空回りをした。

 思えば、自分の人生はいつもそうだ。空転し続け、うだつの上がらない人生を送ってきた。その至らなさに彼女を巻き込んでしまったのだ。


「……カマキリにしてください。チートもいりません。素直にメスカマキリに食われて死にます」


 潔くそう口にすると、はじめて田中の口元が緩んだ。


「とはいえ、情状酌量はあって当然です。あなたは彼女の命を救うために、自分を犠牲にしたのですから」


 言いながら、田中は机に積み重なった書類の山から一枚の紙を取り出し、テツオに滑らかに差し出した。


「丁度、欠員が出まして」


「異世界転生調査官?」


 書類の冒頭に『任命書』と綴られたその内容──。

 どうやら転生者のための、環境レポートが主な役割らしい。


「ようは、あらゆる異世界を巡って周辺環境の調査を行なっていただきます」


「何のために?」


「転生者が活躍できる舞台であるか、幸福に暮らせる世界であるか、その調査をしてもらいます」


「なる……ほど?」


「異世界というのは星の数ほどありまして。こちら天界でも全ての世界を把握できてはいません。なので一つ一つ、異世界を巡ってもらい、転生者のために周辺状況を把握してもらいたいんです」


 言うと、田中が指を折って補足する。


「現地に赴いて確認しないといけない要項として──」


 モンスターの凶暴性のチェック。

 現地住民の倫理観、宗教思想のチェック。

 日本と比較した社会構造や文化の違いのチェック。

 

 そして、日本人が活躍できる舞台であるか。

 

「もし、過酷すぎる環境と判断した場合、少々の介入をしてください。水がない環境であれば、井戸を掘るとか、資源のない無人島であれば、イカダを作れる材料を置いておくとか、転生先の両親がDV気質であれば、それを更生させるとか」


 とても大変そうなのである。テツオは目眩を覚える。自分に勤まるだろうか。

 カマキリ転生よりはマシとはいえ、獅子奮迅の働きをしなければならない。

 

「天界で働いてる天使さんって、そんなことまでしてるんです? 俺が知ってる創作の中の異世界転生ものだと、転生者は一から自分で頑張ってたんですが……」


「実はそうでもないんですよ。我々のような存在が陰ながらサポートさせて頂いておりまして」


「ほう……」


「転生した直後に死なれても困りますからね。最低限の環境を整えてから送り出すのが、我々〈異世界転生所〉のお仕事なんです」


 なるほど、とテツオは得心。確かに、転生させてすぐにこの受付に戻ってこられたのではたまったものじゃないのだろう。


「……その、俺でいいんですか? その異世界の調査っていうのは特別な知識が必要なんじゃ?」


「あなたは大学の時に映画サークルに属してましたよね?」


 グサリと、テツオの黒歴史が抉られる。あまり触れられたくない過去を暴露され、目玉二つが泳ぎに泳ぐ。


「な、なんのことだか……」


「サークルの仲間が映画も撮らず、合コンなどに明け暮れていた傍ら、あなたは撮影に編集、脚本に監督まで一人で勤め上げ、大学在学中に自主映画を三本も完成させている。大学卒業後も、短編作品をユーチューブに何本か上げていますよね?」


 すべてお見通しのようだ。生涯履歴とやらに書かれているのだろう。

 恥ずかしい。逃げ場がない。誤魔化す術がない。

 テツオの首が田中の視線を逸らすように横を向く。


「いや……人生を費やして、ウ◯コみたいなツマラナイ作品を作ってただけですよ……」


「あら、随分と自己評価が低いですね」


 しょうがない。改めて見返すと、本当につまらなかったのだ。

 ヒューマンドラマ、ラブコメ、サスペンス、ホラー等々、アマチュアにできる低予算な作品をいくつも作ってきたが、その全てが見るに堪えない駄作ばかり。


「あんまり映画のことは抉らないで下さい。恥ずかしくて、もう一回死んじゃいそう……」


「その自己評価はさておき、脚本の執筆のためにあらゆる雑学は仕入れていますでしょう?」


「まあ、誇れるほどじゃないですが……それなりに……。でも専門知識と呼べるほどじゃないですよ」


「それで良いんです。専門家である必要はありません。むしろ、専門家では務まりません」


「なぜ?」


 聞くと、田中は眼鏡の位置を直し、テツオを安心させるように微笑する。


「広い共感能力をこちらは求めています。なので、広く浅い知識があって、最低限の気配りができるテツオさんなら、適正は二重丸です。映画の脚本を執筆していますし、メタ的な洞察力も期待しております」


「なるほど……」


 テツオは額を指で叩いて思考を回す。

 命を奪ってしまった自分が、今度は転生者の生存圏の確保に従事。

 おあつらえ向きかもしれない。カマキリに生まれ変わるよりは贖罪として丁度良い。


「やらせてください」


 テツオは恭しく頭を下げて懇願する。 


「よろしい」


 すると、田中ミカゲが威勢よく手を打ち鳴らした。


「今日からあなたは、この私〈田中ミカゲ〉のパートナーです。ビシバシ働いてもらいますよ!」


 嬉々として席を立った田中の手が、テツオに差し伸べられる。


「よろしくお願いします」


 厳かにその手を握ると、田中が空いた左手をテツオの手に被せた。


「人生の中で夢中になれるものがあった。それはどんなチートスキルをも凌駕する、れっきとしたスキルです。誰かが夢中になれる転生先を、一緒に作りましょう」


 その晴れやかな笑顔に、テツオはドキリと肩を跳ねさせる。

 死んだ後も、恋はできるのだろうか。




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