ゆらゆら
あれから、僕たちは会うたび少しずつ話をするようになっていった。約束を交わすことはないけれど、タイミングが合えば、いつもの高架下に足が向かう。
雨の日のほんの短いひとときが楽しみになりつつある。誰かに教えたいような、自分だけの秘密にしておきたいような、穏やかな時間。
お互いの学校や友達の話、家族のこと、その日あった出来事、他愛もない日常が僕と彼女の輪郭を形作っていく。そうして時々、冗談なども言い合うようになり、毎回違う色を見せてくれる「真鍋さん」の新しい顔を知るのは、宝探しのような高揚感があった。
「あのさ、ずっと気になってたことがあるんだけど」
「なんですか?」
さっきまで、バイト先の先輩の面白いエピソードを披露していたので、まだ彼女の声も表情も笑いを含んでいる。
「時々、揺れてるよね。ほら、初めて話した時も、ゆらゆらしてたから、貧血かと思った」
「あ……、うん。やだ、無意識だった……」
普段は敬語で、動揺すると砕けた口調が入り混じる。最初の頃の警戒心の強い小動物のイメージさながらに、近づいては物陰に隠れるみたいな仕草がもどかしい。それでも、ただ見守るのが今は最適解のような気がする。
僕はまだ何か言いたげな彼女の言葉を待っていた。彼女は俯いて空っぽの両手を見つめてから、高架の外に降る雨を振り仰いだ。
「小さい弟がいるって前に言ったでしょう? うち、両親が離婚してて。私は母に、弟は父に引き取られました」
「そうだったんだ。ごめん、話しにくいことなら話さなくていいよ」
「そんな大した話じゃありません。よくあることです。自分で聞いたんだから、最後まで聞いてください」
白い眉間が、冗談めかしてきゅっと寄せられる。控えめなのに意外と気が強いのも最近知った。
「わかった。でも世間ではよくあることだったとしても、真鍋さんにとっては大事なことだろ?」
多分、彼女は気を遣われるのが嫌なのだ。だからと言って、傷ついていないわけがない。僕は慎重に言葉を選びながら、どこか不自然に力の入った彼女の目を覗き込もうとした。頑なに目を合わせないのも、踏み込ませないための手段に思える。
「……赤ちゃんの頃、弟は雨の日によくぐずって、私が抱っこしてあやすとすぐ泣き止む子でした。その頃の癖で、時々体が揺れちゃうみたい。だから雨が降ると……」
抑えた声音が少し掠れて、ちょうど真上を通った電車の音にかき消された。僕は騒音に負けないように声を張り上げた。
「雨が降ると、なに?」
「ううん、なんでもない! こんな変な癖、いらないね!」
負けじと声を張った彼女は、急に傘を広げ、雨の中に走り出した。何かまずいことをしてしまったんだろうか。
僕は慌ててその細い背中に向けて叫んだ。
「明日も雨だって!」
「来れないかも!」
彼女は一度だけ振り向いて大きく手を振った。傘の上で弾けた水滴が、焦燥を追い立てるように鳴り響く。強くなる雨脚が小さな背中を滲ませる。何かを振り切るように走るその姿を、僕にはただ見送ることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます