第7話 アイリスアウト/決着
「うおおおおおおお!!!!」
腕よりも長い刃が、ミザールの胸に深々と沈み込む。傷口からは勢いよく鮮血が吹き出した。返り血で体の半分を赤く染めながら、大暴れするミザールから振り落とされまいとハンターは必死にしがみついた。だが何度か大きく左右に振られ、遂に血濡れた剣がずるりと抜ける。
「うわぁっ」
大きく吹き飛ばされたハンターは体勢を立て直そうとするも、全身を貫く激しい痛みがそれを許さなかった。起き上がれない。顔を上げると、大量の血液を撒き散らしながら苦痛に暴れるミザールが映った。
火事場の馬鹿力というやつだろうか。その巨体による激しい動きによって、遂にミザールを押し潰していた巨岩がぐらりと動く。その僅かな緩みから、身体を捻り一気に抜け出した。しかし、巨岩に押し潰された脚と翼は折れているのか、だらりと力無く垂れている。
「まずい……」
なんとか近くに転がっている剣を握り、しっかりと相手を見据える。ミザールは大地を蹴り上げその巨体を忌々しい小さき敵に向けたが、数歩進んだところでがくりと糸が切れたように倒れ込んだ。血の泡を吹きながらがくがくと痙攣するミザール。やがてそれは動かなくなり、うたかたの森を痛いほどの静寂が覆った。
「勝った……のか?」
恐る恐る近づき、剣で甲殻に覆われた頭部を数回叩く。固いもの同士がぶつかるこもった音が響くが、ミザールは微動だにしない。ハンターは安堵でその場にふにゃりと崩れ落ちた。
「つ、疲れた……でも早くドルちゃんのマントを探さないと。……ん?」
起きあがろうとしたハンターに、強い敵意が背後から刺さる。振り向いた先の茂みから姿を現したのは、やや小ぶりな体格のミザールだった。小ぶりとはいえ、その体躯は人間のそれよりもはるかに大きい。しかも、新たに現れたミザールはその個体だけではなかった。
右の茂みから、左の茂みから、木の上から、空から。次々と集まってくるミザール達。そう。ここはうたかたの森。ミザール達の縄張りだ。当然、ミザールは先ほど倒した強靭な個体だけではない。次々に集まるミザール達によって、ハンターは一瞬で囲まれてしまった。身体は先の戦闘で負ったダメージでうまく動かず、もう有効なカードも残っていない。
「しまった……!」
一斉にハンターに襲いかかるミザール達。絶体絶命。次の瞬間、ばちんという轟音と共に森の一角が蒼白い光に包まれた。ミザールのうち一体が、黒焦げになった状態でゆっくりと力なく、前のめりに倒れ込む。ミザール達は混乱して攻撃の手を止めてしまったが、ハンターだけは何が起こったかわかっていた。
「ベクターさん……!」
ベクターと呼ばれたその男は、後ろに束ねた銀色の長髪をたなびかせながら木の枝から飛び降りた。着地してすぐ、人差し指を一番手前にいるミザールの足元に向ける。指先には、蒼い稲妻が迸っていた。
「ばん」
にやりと笑みを浮かべながらベクターがそう言うと、指先で暴れる蒼い稲妻を解き放つ。蒼雷は手前のミザールの体を食い破ると、まるで銃弾のように次々と跳ね、一瞬で5体のミザールの生命を絶った。指先で燻る煙をふっ、と息で吹き消し、ベクターはミザール達を軽く睨みつけた。勝てないと悟ったミザール達は、一目散に羽ばたき空へと消えていく。
「た、助かった……ベクターさん、ありがとうございます!!!!」
すっかり肩の力が抜けて安堵したハンターが、ベクターに礼を言う。その間にも、ベクターは腕を組みながらツカツカとハンターに歩み寄っていた。
「あー、なんだ。アレだ」
「とりあえずはまァ、無事で良かった。そして、よくやった。まさかこの短期間の鍛錬で、一人で飛竜を狩れるようにまでなるとはなァ……俺ちゃん驚いちゃったよ」
ゆっくりと重い拍手が森に響く。なぜだろう。とても褒められているハズなのに、今まで感じたことのない圧を感じる。
「まず、生き残ったこと。俺の言ったことをしっかり守ってくれたようで俺ァ嬉しいよ」
「『戦場では、最後に生き残ったやつが勝ち。どんな手段を使っても生還しろ』、ですよね!!」
ハンターが琥珀色の瞳を輝かせながら言う。ベクターは、貼り付けた笑顔のまま彼に近づきつつ続けた。
「そ。んで、戦闘を通してだが。随分と基礎体力が伸びたなァ。俺は今回途中から見てたが、飛竜の猛攻をあそこまでいなせるのはうちの騎士にもそういないだろ。これはセンスもあんのかもなァ。まだちゃんと使い方を教えてねェ天装システムをちゃんと扱えてたのも、完全に想定外だったが……まァ結果的に良かった。……良かった所は以上だ」
「えへへ。体力ついたのはベクターさんに何度も崖から突き落とされたおかげです!」
「おう。あとでまた落としてやるから楽しみにしとけ」
「はい!……え?」
いつの間にかゼロ距離でこちらを見下ろすベクター。その笑顔はすでに引き攣っていた。目尻をピクピクとさせながら、顔をぐいと近づけハンターを睨みつける。
「お前さ。待機するように言ってなかったっけ????ん??なんでこんなとこにいんの???」
事態を理解し、ハンターの顔が一気に青ざめる。ベクターはすでにハンターの胸ぐらを掴んでいた。右手を握る音がぎりぎりと聞こえる。
「えぁっ!?いやっ!あのこれはこれにはわけが!!!訳があるんです聞いてくださ
「問答無用ォ!!ワケも何もあるかこのっ…………バカちんがァァァ!!!!!!」
重たい打撃音が数発、静かな森の中をこだました。
「ま、前が見えません……」
ハンターの顔はベクターの鉄拳制裁ですっかり腫れ上がっていた。
「安心しな骨は折ってねェよ。ったく、いい灸だ。これに懲りたら少しは反省しろバカ」
「はい……」
「あとお前な。戦闘中に武器を手放すたァどういうことだ?お前、俺と違って武器は
「はい……」
近くにあったいい感じの木の棒でハンターの頭をちょんちょんと小突く。先程までの元気さはどこへやら、ハンターはすっかりしゅんと小さく萎んでしまっていた。
「基本的に俺たちがやってんのは命の取り合いだ。勝てば生きるし、負けりゃ死ぬ。武器は言ってみりゃ命綱だ。今後は死んでも離すなよ?」
「はい……!」
ハンターの頭をわしゃわしゃと少し撫で、その隣にどかっと腰を下ろす。
「……で、だ。どうすっかなァ、コレ……」
見上げた先にあるのは、ハンターが呼び出した巨岩。顔を手で覆いながらぼやく。
「確かに言ったよ?俺は。戦闘に利用できるものならなんでも利用しろと。意外なものが役に立つかも知れねェとも、そういうものにマーキング付けていつでもカードで呼び出せるようにしておけとも言った。言ったけどさァ……」
「なんでこれにしたかなァ……俺ちゃんもうわかんねェよ……」
そう。この巨岩の正体は、バニキス遷都記念碑。旧王都ロワレがテラによって壊滅し、新しい都であるバニキスを建造しなければならなくなった際に、その無念と、次は必ず街と人を守り切るという強い信念をナミリア国王エーデルシュタイン・ラインフォルテ自らが巨岩に彫り込んだものだ。普段は騎士団本部の中庭に安置されており、騎士たちの憩いの場となっていた。
「こりゃ元の場所に戻すのも一苦労だ……割れてねェだろうな……?」
「すいません……大きい岩があれば戦闘に便利だと思って……」
「まあ実際攻撃だけでなく緊急避難所としても転用できて有効そうだが……いや待てそうじゃねェ。ってかな。まず狙い外したりうっかり自分が潰れたらどうするつもりだったんだよお前……」
「ほんとすいませんでした……」
「まあ……今回は無事切り抜けられたから良かったが」
そう言うと、ベクターはタオルを一枚ハンターの顔にぱさりと放った。
「ほら、これで顔拭け。返り血固まってえぐいぞ」
「……あと、こっちの言いたいことは全部言ったし、お前の事情ってやつを聞いてやろうじゃねェか」
「!!はい……ありがとうございます!!実は……」
ハンターは応急処置を受けながら事の経緯を簡潔に話した。
「なるほど、ドルがねェ……」
「はい。それでなんとかして取り返さなきゃってなって、たまたま近くにいたもう一頭のミザールにぶら下がって」
「んで、今に至ると」
「はい」
「……よし。だいたいわかった。ただ……」
ベクターはもう動かなくなった黒いミザールに視線を向ける。
「お前こいつ殺しちゃったけど、どうやってこいつの巣見つけるつもりなの?」
「あ……確かに……」
「確かにじゃねェ!バカ!」
軽い拳骨でハンターを小突く。
「いでっ」
「少しは先を考えて動け。お前のわりぃ癖だぞ」
「はい……」
「んで、どう探すんだ?森中歩き回るか?」
「……ベクターさんは先に戻っててください。僕は一人ででもドルちゃんのマントを探します」
「……ぶふっ」
冗談のつもりで言ったのに、あまりにも真面目な答えが返ってきて吹き出してしまった。そんなベクターを不思議そうに見つめるハンターに視線をやりつつ言葉を紡ぐ。
「あっはっは、いやァすまんすまん。手伝うに決まってんだろ?」
「ベクターさん……!!」
さっきまで曇っていたハンターの表情が、ぱぁっと明るくなる。ベクターは親指で自分を指しながら得意げだ。
「ったく、そのケガのやつに一人でそんな大仕事やらせるような薄情な男に見えるか?俺が」
「…………」
「なんか言えや!!!!」
ー続くー
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