第6話
……炎が揺らめいている。
炎の中で人影が踊っていた。
手を振り回し飛び跳ねながら踊っている。
人影を炎が徐々に飲み込んで行く。
(……夢……?)
目をうっすらと開くと高い円天井が視界に入って来た。
聖堂のような高い天井。
崩れ掛けていた神殿だったのに……。
炎の燭台が自分の周囲に六つ。
エドアルトはハッとした。
自分が眠っていた台の側に、
黒いローブを頭から被った顔の見えない人間がぼうっと立っていたのだ。
炎に揺らめく巨大な影が壁に映り込んでいる。
その、壁。
飾られた額の中に人間の姿があった。
まるで人間が蝶を標本にする時のように、四肢に杭を撃ち込まれてそこに磔にされているのだ。
見回す円形の建物の周囲には、ずらりと同じような額が飾られている。
「な……!」
祭壇には女神像が並んでいる。
その首が一様に叩き壊され、そのあるべき頭部に凄まじい苦痛を与えられ絶命した人の顔が捧げられている。
「う、……わあああああ!!!」
驚きと恐怖にエドアルトは傍らにあった自分の剣を振り回した。
黒いローブの首を剣先が一閃する。
しかしゴトン、とそこにあるものが落ちる音はしない。
無くなった頭部にボッ! と炎が灯った。
その瞬間、エドアルトの耳に甲高い、耳障りだが聞いた事も無いような気味の悪い音が入って来たのだった。
耳鳴りのようだった。
キィィィィン、とずっと鳴り続けている。
首から炎を揺らめかせた身体が近づいて来る。
魔的な知識が何も無いエドアルトにも、それが不死者であることは分かった。
エドアルトは寝かされていた台から飛び降りた。
すると階段下から同じような黒ローブがゆらり、ゆらりと上がって来た。
前方に立ち上る魔炎の火柱。
投げ込まれる人間の身体を火種にどこまでも赤々と燃え上がる――――……
エドアルトの足は恐怖で竦んだ。
旅を続けて来て人の残虐さを少しは知ったつもりだった。
たかが金品を盗む為に殺された人間の死体も見たことがあった。
魔物が人を食らう所も。
しかし少年はこうまで殺しが戯ばれている様を、見たことが無かった。
キィィィィン……耳鳴りは続く。
必死に耳を押さえた手の平が血で濡れていた。
耳の奥から出血する。
これが不死者の『声』なのだ。
「ううっ……!」
突き刺さるような痛みが耳の奥を襲う。
平衡感覚が奪われる。こんな所で倒れてはいけないと思ったが、立てなくなった。
よろめいたエドアルトの身体を光が貫く。
確かな衝撃が身体に走る。
ドオン、と床に倒れた。
光が天井に弧を描く。
次々と床に仰向けになったエドアルトの胸に飛び込んで来る。
貫かれる胸に激痛が走った。
熱で焼かれているようなひどい臭いも。
光を手で必死に振り払ったが、エドアルトの手をすり抜けて光は執拗に彼の身体を貫く。
「ああああ――――ッ!」
痛みに叫んで身体を暴れさせた。
黒いローブの人影が苦しむエドアルトの方を上から覗き込んでいた。
髑髏が確かにこっちを向いている。
ギラリ、とやけに生々しい光を反射させて大きな鎌が側で動いた。
炎の中で紅く輝く。
黒いローブの人型がその刃をエドアルトの身体の上に掲げた。
――――死の予感が過った。
それは少年が初めて味わう、心を挫く本当の恐怖だった。
……【
急に、耳鳴りが止んだ。
エドアルトは瞳を見開く。
――――【天意の秤に掛け その真価、見定めたならば】
【不死鳥の
周囲の空気が動いた。
それが、はっきりと分かった。
何かあちこちで空気が動く。
凄まじい早さで密集していく。
魔力を目で捉えられないエドアルトでさえ、それは肌に当たる空気として分かるほどの異変だった。
ピシピシと空気に亀裂が走る。
これは実際に響く音だ。
何かが弾けようとしている、そんな気配がする。
緊張が高まって行く。
――――【
【
凛とした力のある声が、
血炎に澱んでいた聖堂の空気を激しく震動させた。
――――【
目も眩むような白い光が炎に霞んだエドアルトの視界を一瞬にして覆った。
まだ何か、周囲では凄まじい空気の動きが起きているのに、床を靴が叩く音が聞こえて来た。
それは不思議な音だった。
まるでその人だけ、別の場所を歩いているように、轟音の中を静かに歩いて来る。
ゆっくりと自分の側まで近づいて来てそれは止まった。
不意に胸が温かくなった。
さっきのような焼ける痛みじゃない。
安堵するような温かな感覚。
エドアルトの目はまだ眩んだままだった。
だが少年は大丈夫だと思った。
(もう、大丈夫だ)
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