第12話 乱闘
「おいガキ、俺はちょっとお暇するぜ」
「え?」
「頑張れよ、俺には何もできんっ、応援も呼んできてやるからっ」
タロウがそそくさと去って行った。
「祐輔は、助太刀したほうが良いんじゃない?」
ナナンテンモノイスが西山を強く見つめる。
「変身しましょ」
「変身って、僕が怪人になるのか……」
西山の顔が引きつった。
「何が嫌なのよ」
「……なんとなくだよっ……あの姿にはなりたくない」
「変身しないと力が100パーセント使えないわ……」
西山は千代島さんの服を畳んで持って、四月一日家を見つめた。
家からはバキバキ、ガタガタンッと音が聞こえてきていた。ガシャンッと窓が割れ、壁が震動している。
「くそ……まだか、飯島さんは……」
四月一日家の中から音が絶えず聞こえてきていた。
「この音は、千代島さんが戦ってるのか?」
「何、当り前のこと言ってんの」
ナナンテンモノイスが口をへの字に曲げる。
「助太刀って、あの怪人と戦うのか?」
「だから何当たり前のことを言ってるの。何? もしかして怖がってるの」
「……そりゃそうだろ」
「怖がってんの、何よ、男の子でしょ、ちんちんついてんの?」
「……」
その時、四月一日家から一際大きな音と振動がした。
「……千代島さんが戦ってるんだ……くそっ……よし……行くぞっ」
いてもたってもいられず、西山は駆け出した。
「祐輔、待った。だから服脱ぎなさいってば、変身したら破けるから!」
そう叫ぶのを、西山は無視して家の中へ飛び込む。
大理石の玄関は吹き抜けになっていて、2階の階段と奥に続く廊下とを見渡せた。下駄箱の上に帆船模型、階段下に甲冑が飾ってある。
なんだ?
急に音がしなくなる。西山は聞き耳を立てた。
シーンっと、妙なほど静まり返っている。
――バタンッ。
と玄関扉が西山の背後で閉まった。
西山は驚いて振り向く。
……千代島さん達は、どうしたんだ? 何で音がしなくなったんだ?
西山とモハステチケスイマコは、辺りを見回す。
音ひとつしない、静寂が広がっている。
「……、……ん?」
西山の耳に、かすかに音が聞こえた。
「……上からだ」
と見上げた時、激しい破壊音がして2階の壁が破壊して、千代島とトシキチイスコチトが階段を転げ落ちてくる。そのままふたりが、激しく床に衝突した。
「んがぁぁっ、くそ野郎が!」
トシキチイスコチトが苦声を漏らしながら立ち上がる。
と、千代島はすでに立ち上がっていて、長い尻尾の針を目にも止まらぬ速さで、トシキチイスコチトへ刺突攻撃をしだす。
「おおっと」
トシキチイスコチトは頭をクイっと傾け、すんでのところで躱した。
「がははは、やるなぁ」
「ぐっ」
避けながら余裕に笑うトシキチイスコチトに、千代島の顔が歪む。その顔からは真っ赤な血が流れていた。
千代島は何度も刺突を続ける。しかし壁に無数の穴を開け続けただけだった。
「それぇぇぇえっ」
トシキチイスコチトの体を跳ねて、千代島へと一瞬で近づく。
「おりゃああぁぁっ」
4本の腕で千代島の腕と体を掴み上げ、床に叩きつけた。
「あぁぁああっ」
衝撃で床が破壊され、千代島が声を上げる。
西山は、バラバラと砕けた石が飛んできて顔を手で覆った。
「あ……あああ……」
千代島は口を半開きにして、声を漏らす。目もうつろになっていた。
「おりゃあああっ」
トシキチイスコチトが気合の声を上げて、千代島を右足で力いっぱい踏みつける。玄関全体の大理石がひび割れ壊れ、千代島の顔が埋まった。
「やめろぉぉぉっ!」
西山は思わず叫んだ。
「あ? お前居たの」
トシキチイスコチトが、西山を振り向き見る。
「……うっ」
その真っ赤な6つの目に、西山がビクッと体を震わせて一歩下がった。叫んだ威勢を失くし、表情が強張る。
「祐輔、変身するわよ! 全身に力入れて!」
モハステチケスイマコが発破をかけるように大声で叫んだ。
瞬間、体がパンプアップしてジャージがパンパンになる。
「祐輔、全身に力入れてっ」
「ああっ、あああああっ」
西山は腰を落とし、力を入れた。
突如、体中から無数の黒い10センチほどの棘が飛び出す。ジャージがビリビリに破れていった。真っ黒な皮膚が露わになる。
無数の棘膝が体の中に引っ込むと、膝から角が生えていった。隈取みたいな赤い模様が上半身に浮き出る。
と、西山はガクンッと膝をついた。
「ぜぇぜぇ、ハァハァッ」
「大丈夫?」
「ああ、ちょっと頭が痛くなった……」
西山は床を踏みしめ、ゆっくり立ち上がる。
「っておい、なんだそりゃ……失敗してるじゃねぇか、ぶはははははははははははは」
トシキチイスコチトは、西山の姿を一瞥すると笑いだす。
怪人の体に人間の顔が付いているのがツボにはまり、腹を抱えて大笑いした。
「祐輔、ついに戦闘よ。頭だけは気を付けてね」
右肩にできた口が言う。
「ああ……」
……こいつと、今から、戦う……。
西山は恐怖心に体中が震えだした。
「ぶはははははははははははははは」
「さぁ笑っている隙を狙って、やっちゃいなさいっ。何を日和ってるの、ちんちんついてんでしょっ、早く攻撃しなさい、千代島さんを見殺しにする気なの?」
急に左肩にできた目が、きつく西山を睨みつける。
「……よーっし」
千代島さんを助けないといけないんだっ。
西山は気合を入れた。
「おらぁっ!」
笑い続けているトシキチイスコチトの鳩尾目掛け、西山は力いっぱい前蹴りを食らわした。
ドンッという空気が振動して、トシキチイスコチトが廊下の奥へと突き飛ばされる。
廊下の奥のガラス戸が割れる音と、奥の部屋で様々な物が激しく壊れる音が家中に響き渡った。
「祐輔、やったわ」
「……凄まじい力だ……」
西山は戸惑いつつ、自分の黒い体を見つめた。
「……と、千代島さん! 大丈夫ですか!」
西山は倒れている千代島に駆け寄る。
「……ああ、いたーい……」
擦れた声で千代島が言うと、ぐっと確かめるように左脚を見た。
「……ふぅ、西山君、悪いけど協力してくれない?」
「もちろん、ですが千代島さん……ホントに大丈夫ですか?」
「……うん……ダイジョブ……」
……大丈夫そうじゃないな……。
千代島は足を踏み込むと、一気に立ち上がった。その頬は膨れ上がり、出血で顔が赤く染まっていた。
「人が笑ってる隙をつくたぁ、なんて卑劣な奴だ!」
トシキチイスコチトの声が廊下の奥から響いてくる。
西山が振り向いた。
「正々堂々としやがれぇ!」
トシキチイスコチトが飛び掛かる。まさしく弾丸のように一瞬で西山の腹に飛び蹴りを食らわした。
西山は蹴り飛ばされて、壁に激しく叩きつけられる。衝撃で壁中に亀裂が入り、家の中に重い響きが木霊した。
「ごほぁっ」
西山が口から血を吐く。そこへ、さらにトシキチイスコチトが追撃する。同じ目にあわそうと、足を踏み込んだ。
「死ねぇっ!」
トシキチイスコチトの回し蹴りは、西山の体を廊下の奥へと蹴り飛ばす。
再び奥の部屋で様々な激しく壊れる音が響き、家が振動した。
「がははは、やられたらやり返す、これがゴンゴ族よ、カルカナ族への恨み、キッチリ全部返してやるぜ」」
トシキチイスコチトが満面の笑みで、勝ち誇った笑い声をあげる。
「隙ありっ」
と、トシキチイスコチトの背後に忍び寄っていた千代島が素早く、尻尾の針でトシキチイスコチトの背中を突き刺した。
「あぐぐぐぐっ」
針は体を貫通する。
トシキチイスコチトは胸から飛び出ている銀色に輝く細い針を俯き見た。
「……こんの、ぐぐぐぐぐっ……」
トシキチイスコチトが歯を食いしばって痛みをこらえる。
「こんのぉっ!」
身を翻して千代島を力いっぱい殴った。突き飛ばされる千代島が、壁に叩きつけられる。
「ぐあっ」
その際に針が抜け、トシキチイスコチトの腹と背中から血が噴き出した。
「ぐぐぐっ、こんな傷っ」
トシキチイスコチトが中腰になり、体中に力を入れる。すると、見る見るうちに傷がふさがり、流血が止まった。
「へへへ、とどめを刺してやるぜ」
よろよろと立ち上がる千代島を、トシキチイスコチトは不敵に笑う。
「はぁはぁ、飯島さん、早く、はぁはぁ」
千代島はトシキチイスコチトに相対した。呼吸を荒く、目がかすみ、遠くを見つめるような苦しい表情で構えを取る。
「死ぬーーーい!」
トシキチイスコチトが千代島に飛び掛かる。
瞬間、千代島の顔が蹴り飛ばされた。
千代島の顎がガラス細工のように、粉砕される。それからトシキチイスコチトは4本の腕で、千代島を乱打した。
背後の壁が千代島の人型に凹んでいく。千代島は苦鳴も上げる間もなく、撃たれ続け顔が破壊されていった。
そして千代島の顔の中から、勾玉の形をした本体が露わになる。
「おらぁっ」
トシキチイスコチトが勾玉を思いきり殴った。
バキッと音がして、ひびが入る。
「がははははは、てめぇら俺の邪魔するからこうなるんだっ。見せしめに酷く破壊してや――」
「――やめろぉぉぉぉ!」
トシキチイスコチトが後ろから羽交い絞めにされて、固まった。
「千代島さんから離れろ、この野郎っ!」
羽交い絞めにした西山が、怒りの叫びをあげる。
「いつの間にっ、この野郎、離せ!」
トシキチイスコチトが叫ぶ中、西山は半回転して思いきり上へと投げ飛ばした。
「うがあぁぁああ!」
そのまま天井を突き破って、トシキチイスコチトの姿が見えなくなる。
「千代島さんっ」
西山は千代島に駆け寄った。
「うああああああっ」
めちゃくちゃになってる原形をとどめてない千代島の顔を見て、西山は悲鳴を上げる。
「ちょっと祐輔、悲鳴上げてる場合じゃないでしょ」
モハステチケスイマコが、西山をしっかりしろと睨みつけた。
「ああっ、どうしたら良いんだっ、こんな酷い傷っ」
西山は千代島を抱き抱える。
「祐輔、落ち着きなさい、修復できるわ。トシキチイスコチトが治したの見てなかったの?」
「ああっ、そうなのかっ?」
と西山が言う間に、千代島の顔が見る見るうちに元に戻っていく。
「ああ……ああ……うん……」
しかし、半分は怪人の顔のまま、で顔からは穴という穴から血が流れ出ていた。体の方は大半が怪人のままだった。
「にしやみ……君、にげ……てぇ……」
千代島が小さく口を開けてパクパク動かすと、白目をむいて動かなくなった。
「ええっ、修復できてないじゃないか!?」
モハステチケスイマコを睨む。
「これが限界だったみたいね……」
「限界? し、死んでないよな……大丈夫だよな……」
「まだ死んでないわ、しっかりしなさい、来るわよっ」
モハステチケスイマコの目がグルンと上を向いた。
「祐輔、飯島さんが来るまで戦うのよっ」
西山が見上げると、トシキチイスコチトが天井裏から落ちてきた。ドスンと着地して、床を激しく激しく揺らす。
「良いパワーだクソガキ、褒めてやるぜ」
トシキチイスコチトが千代島をチラと見た。
「がははは、どうした、そっちは死んだか?」
「……」
西山は睨みつけた。モハステチケスイマコも睨みつける。
「さぁ、行くぜぇ!」
トシキチイスコチトが構えを取った。
……。
……まともに戦っても、勝てるのか?
……千代島さんみたいになったら……。
西山は千代島の姿を見て、ゾクっとなった。
「どうした、戦わないのか?」
「祐輔、構えなさい、何やってんのっ?」
モハステチケスイマコが叫ぶ。
……。
……そうだ、漢を見せろ……。
よしっ! 漢、西山祐輔! ここが気合の入れ――
「――いくぜぇぇぇえ!」
トシキチイスコチトが4本の腕を広げ、西山に突撃する。
「くそっ」
腕を振りかぶり放った右拳を、西山がサイドステップで避けた。
トシキチイスコチトの右拳が、西山の顔のすぐ横で、壁にめり込む。
めり込んだ拳を見て、西山は生唾を飲んだ。
そしてトシキチイスコチトから距離を取った。
……さっきもそうだったけど、なんて力なんだ……。
あんなのが頭に当たったら、僕は、即死……。
……こ、怖い……。
戦うんじゃだめだ……千代島さんを連れて逃げないとっ。
「さぁ来いよ、ここでまとめ……ん?」
トシキチイスコチトが、玄関扉を見る。
「はははは、ンイナーニラーから反応が出たぞ。お前みたいなの相手してる場合じゃねぇ」
言い捨てて、トシキチイスコチトは玄関から外へ飛び出して行った。
と、突如外から大勢の人の悲鳴が聞こえてくる。
「祐輔、早く追って!」
西山はトシキチイスコチトが去って行った玄関扉をじっと見つめた。
「……ちょっと……もう……」
「……そんな事より千代島さんだ……」
西山は倒れている千代島に駆け寄った。
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