第8話 怪人フェロモン

 体育の時間を終え、男子の羨望の目の中、更衣室で着替えをとっとと済ませた西山は教室へと戻った。


 すると先に戻っていた女子が一斉に、扉を開けた西山を振り向き見る。


 その光景に、おもわず西山は立ちすくんだ。


 と、女子の中から、


「西山、おかえりー」


 と日焼けした肌をした陸上部の小谷麻依が、ポニーテールを揺らして西山の元に走ってくる。


 同時に背の低いロリっ娘、石井めぐみも走ってきて西山を見上げた。


「どうして遅かったの、西山さん?」


 上目遣いで尋ねてくる。


 次々にクラスの女子が集まってくる。


「あんなに運動神経良いの、知らなかったなぁ」


 学校で1番の巨乳、江川美咲がセミロングの髪をいじりながら西山を見つめた。


「サッカー、うまいんだな、お前」


 チア部の、貧乳の鈴野真紀が腕を組みながらぼそっと言う。


 女子に囲まれたこの状況に、西山は口をぽかんと開けて佇むしかなかった。


 クラスの男子達もぽかんと口を開けて、西山の様子を見守っている。


 そして西山の元に来ないクラスの女子は、話しかけている女子をうらやましそうに見つめていた。


 ……なんだ……様子がおかしいぞ?


「ほら早く、入りなよ」


 ロリっ娘の石井めぐみが、ポケーッとしている西山の手を引っ張る。


「ああ……」


 引っ張られるまま西山が席へと向かうと、他の女子達もわらわらついてきた。


 そして席に着いた西山の回りを女子が囲む。


 こ、これはいったい、どうなってるんだ……?


 戸惑う西山は、表情が固まり囲んでくる女子を眺めた。


 しかしこの時、女子の方も戸惑っていた。


 マ、マジでいったい、どうなってるの……?


 と、日焼け顔の小谷が唇をかむ。


 今まで何とも思ってなかったのに……運動場で見た時から……ドキドキが止まらないっ、声が震えちゃうっ……陸上部に誘えないかな?


「西山……り、陸上部に、入らないか? ぜ、ぜったい……活躍できる、ぞ」


 小谷は震える声で、話しかけた。


「ああ……僕は良いよ……」

「わ、私が……教えて、や、やるよっ、しょうがねーなぁ」

「どうしたんだ? さっきから声が震えてるぞ」

「わわわわっ? ななな、何でもねーよっ」


 小谷は赤面して、西山から顔を逸らした。


 その様子を見ていた学校一の巨乳の江川は、考え込む。


 ……やはり、皆もそうなんだわ。皆も、なぜか気になって仕方ないみたい……。


 と眉を寄せる。


 ……私も気になって仕方ないわ……いつも冴えない西山の事が、どうしてこんなに魅力的に見えるのっ?


 と、西山の事をじっと見つめた。


「……うん? どうしました?」


 西山が視線を感じて、江川に振り向く。


 西山と江川の目が合った。その瞬間、


「はわあぁぁあ!」


 西山と目が、目があっちゃったぁああ!


 江川が赤面し、興奮して仰け反った。


「なんだよ、お前も江川みたいにオッパイ大きいほうが良いわけ?」


 チア部の鈴野が、西山と江川の様子を見て、揶揄うように言う。


「え、ああ、いやぁ……」


 バツの悪そうに目を逸らす西山に、鈴野は冷たい視線を送った。


「あーあ、何だよ、やっぱ私は人権ないって事ね、はいはい……」


 しまったな……鈴野さんフォローしないとっ、この人、当たりがきついんだよな。


「そ、そんなことないよ」


 西山は鈴野を見つめる。


「鈴野さんは、すごく可愛いからね」

「なななあぁぁあ!」


 ……何、わけわかんないこと言ってんのぉぉぉ……!


 鈴野が赤面し、興奮して仰け反った。


 ……なんなんだ、皆……顔を赤らめて……。


 そう西山が戸惑っていると、また熱い視線に気づく。


 振り向くと、ロリっ娘の石井が、黙りこくって西山の顔を見つめていた。


 ……どうしたんだろ、こんな人を、今まで何とも思ってなかったんだろ。


 と石井はずっと見惚れていた。


 振り返って自分を見ている西山を見つめる。


 ……あの細い目は、まるで獲物を捕らえる獣のように鋭いっ。前髪が目にかかっているぼさぼさ頭の、なんていう野生溢れるセクシーさっ。いつもぽーっとしている、余裕ある男の器の大きさっ。


 ……もう、女として、好きになるしかないじゃないっ。


「……あの石井、何か用か……」


 見つめてくる石井に、西山は尋ねる。


「きゃあぁぁあっ、つい見つめちゃってたぁぁぁ、ごめん西山さーんっ」


 石井が赤面して、興奮して仰け反った。


 ……なんだ、この4人の反応。


 ……いや、4人だけじゃない、さっきからクラス全員の女子がチラチラ見てくるし……。


 西山はクラスを、4人の体越しに見回す。クラスの女子は、西山と視線が合いそうになると、赤面してパッと顔を逸らした。


 ……まさか……これは……あれじゃないのか。


 西山はひとつ、思い当たった。


……まさか……来てるというのか……。


 人生で2、3回来ると言われている、モテ期が!!


 西山は拳を強く握る。


「すいません、ちょっと良いですか」


 千代島が、西山を取り囲む女子をかき分けてきた。


「西山君、ちょっと来てくれるかな、話したいことがあってさ」


 と眉間に眉を寄せてウィンクする。


「ああ、何ですか……」


 西山が席を立つ。


 ……まさか……千代島さんまでも……。


 西山と千代島さんは校舎の階段を上り、屋上に出る。


 そして千代島は、誰もいないことを確認した。


「よし、誰もいないね」

「なによ、こんなところまで来て」


 左手にできた口で、モハステチケスイマコが尋ねる。


「西山君、あなたの反応を見てて、気づいたんだけど、フェロモンについて聞いてないんじゃない」

「フェロモン?」


 西山が首をひねる。


「私達は種を残すために、異性を引きつけるフェロモンを出すことができるの。そのせいでモテだしたの、びっくりしたでしょ」

「ええっ、そういうことだったのっ」

「モハステチケスイマコッ、さっきから全開で出しまくりっ」


 千代島が怒鳴った。


「ごめんごめん、今すぐ閉めるわよ」


 モハステチケスイマコが、めんどくさそうに言う。


「……それで良いの。まったく」

「お前、何のつもりでそんなことしたんだよ」

「何? 嫌だった? モテたら少しは自信つくかなって思ってやったんだけど」

「……まぁ良かったよ、悪くない」


 西山は微笑む。


「そうよねー、ちょっとくらいモテちゃって良いじゃないのっ、祐輔もまんざらじゃなかったわけだし」

「ああ、まぁ、へへへ、そうだよね」


 とニヤつく西山を、千代島がジト目で見つめた。


 口が引きつっていく千代島の軽蔑した顔に、西山は我に返る。


「そうよね、男の子だもんね、これからも任せてよっ」


 モハステチケスイマコがウィンクをした。


「ダメッ、なんでかわからないけど、私達のフェロモンは人間にはものすごく効くんだからっ、今みたいに常軌を逸してしまうんだからねっ。だからダメよ」


 千代島さんが語気を強めて、注意してきた。


「……はい、じゃあ……」


 僕は悲しい顔で承諾する。


「残念ね……でも祐輔ならきっと、すぐ彼女もできるわよ」


 モハステチケスイマコがウィンクをした。


「……お前、意外に良い奴だったんだな」


 西山はモハステチケスイマコに微笑む。


「はぁぁぁ……」


 千代島が大きくため息をついた。


「あと体力テスト、あれも気を付けてっ」

「え? 千代島さん拍手してたじゃないですか」

「あれは皆に合わせたのっ」


 ……そうだったのか……。


 西山が肩を落とす。


「それとそれとっ、さっきリーダーに話したよ。今日の夜8時に、駅前にある恵祐カフェに来て」

「恵祐カフェ……どこだろ……」

「北口よ、行けばわかるよ。じゃ、話はこれだけよ」

「ああ、はい……というか、もしかして何ですが、あの……」


 西山は帰ろうとした千代島を引き留めた。


「あの、千代島さんも、フェロモンを使ってました?」

「使うわけないじゃない」


 千代島は心外だという風に、西山を睨む。


「すいません、なんかもしかしてと思っちゃって」

「あっでも、大岩には使ったな」

「えっ!?」


 西山が体がビクッと震わせた。


 ……そんな、どういう意味だ……。


「なんか私が言えば、皆に迷惑かからなくなるからさっ。ちょっと付き合ってるふりしてたけど、嫌だったなぁ」


 千代島が左上を見る。


「……あ、ははは、そうだったんですか? なんだ……」


 ……ん?……付き合ってるふり、してた……?


「えっ、別れたんですか?」

「ええ、だって西山君、大岩をボコボコにしたんでしょ?」


 千代島が嬉しそうに西山を見た。


「何で知ってるんですか」

「もう学校中の噂よ、これからは西山君が大岩の馬鹿をおとなしくさせたってね。まぁ西山君がやらなくても、私がぶりっ子で隙作ってやっちゃってたけどね」


 千代島が拳を握る。


「ああ……そうなんですか……」

「もう良い? 私、次の授業の準備で先生に呼ばれてるの、じゃねっ」


 千代島が踵を返して、西山の元から去って行く。


「……祐輔ってもしかして、千代島さんの事が好きなの?」


 モハステチケスイマコが尋ねた。


「な、なな、何だよ急にっ」

「……分かりやすいわね、良いわ、応援してあげる」 


 モハステチケスイマコはウィンクする。


「うるさいっ、そんなことより、体育の時のお前の力、すごいな」

「当たり前じゃない。私の体よ、人間の身体能力をはるかに超えてんだから」


 モハステチケスイマコの声が呆れていた。


「……」


 西山は微笑む。


「ど、とうしたの、ニヤニヤしちゃって」

「すごい力だ……これならもう、泣き寝入りなんてしなくて済むんだ……怯えずに済むんだ……」


 西山は充実した目で、頭上に広がる青空を見上げた。


「ええ、そうね」

「ついでに女子にもモテモテか……ああ、やっちゃダメか……でもちょっとなら良いよな、多分」


 西山はボソボソ言って、笑みをこぼす。


「……そうね……ちょっとなら良いんじゃないの」


 モハステチケスイマコは、西山の笑みを気持ち悪く感じて目を細めた。


「……初めて、お前と共生で良かったと思えたよ……」

「ああ、そう……嬉しいわ……」


 モハステチケスイマコは、少し戸惑いつつ答える。


「で、これだけか?」

「え?」

「お前の能力はこれだけなのか?」


 モハステチケスイマコは、少し考えた。


「そうね、このパワーとフェロモンだけね」

「なんだよ……ないのか……」

「……」


 ……祐輔って、調子乗りでエッチな、どうしようもない人だったのね……

 

 とモハステチケスイマコは細い目で、残念そうにしている西山を見つめた。

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