第1話 無自覚善人

「ウィル、ウィルクリス・アンバードですっ! 料理人ででででっす! よろしくおねぎゃいします!」


 勢いよく頭を下げる。

 あー、僕の顔、今真っ赤なんだろうなぁ。


「はは、緊張してるみたいだけど、料理も抜群だし、観察眼もある。いい手伝いになると思うよ。」


 ジーフリトさんがフォローしてくれた。

 部隊の兵士さんたちが白い目で僕を見てる気がする。仲良くなれるかなぁ。


 今、ウィルが挨拶しているのは王城から少し外れた場所にある宿舎のような場所だ。昔は来客用の館だったらしいが、今は見る影もなくボロボロだ。壁の絵は傾き、天井のシャンデリアは蜘蛛の巣で覆われていた。なのに、絨毯だけやたら高級そうで……幽霊でも出そうだ。


「それから、明日くらいにフリンスト共和国とニーズル神国から追加の人員が来るから、それも頭に入れとくこと。じゃあ、解散!」


 ジーフリトがパンと手を打つと、兵士さんたちがバラバラと解散していく。

 ジーフリトさんが、僕の方にきて話しかけた。


「いろいろ慣れないだろうけど、よろしくね。君の部屋は、一階の南側の端が空いてるはずだからそれでいいかな。」


「はい! よろしくお願いします!」


「君の仕事は隊員の食事の作成と、全般のサポートでやること多いけど、適度に手を抜いてくれていい。だれかに手伝ってもらってもいい。割と自由にやってくれて構わないよ。」


「ありがとうございます!」



 ジーフリトさんと別れた僕は、まず宿舎の探検から始めた。

 部屋は結構たくさんある。一階だけで十五部屋くらいあるから、二階と合わせて全部で三十くらいだろうか。

 廊下の床はカーペットが引いてあるが、ひっくり返すとひどい有様だった。カビ、ホコリ、謎の虫! これは、早急な対処が必要そうだ。


 外を見ると、まだ夜までには時間がある。夜ご飯の準備はまだいいだろう。

 そう判断したウィルは、覚悟を決め、カーペット全体をひっくり返した。


「どりゃああああ!」


 そして勢いのまま水拭きする。

 ホコリが顔にかかろうとも気にしない。しつこいカビも、ひたすら擦って消し続けた。

 

 しばらくして、ウィルはピカピカになった廊下を見て誇らしげに胸を張った。

 そして、二階もあることに気づき絶望した。


 と、とりあえず夜ご飯の準備するか…。


「おぉ、ピカピカじゃないか。」


 どうやらジーフリトさんが帰ってきたようだ。


「いやぁ、まだ一階しかできてないんですけどね……。」


「十分だよ、ありがとう。」


 この人に褒められると照れるな。すごく真っすぐとした眼差しで、僕の奥まで見通されてるような気がする。


 僕は、買い出しに行ってきますと言ってその場から逃げ出した。



 それから、夜ご飯を作り終わった僕は、食堂で隊員の人たちと一緒に食事をしていた。

 今日は、香辛料が手に入ったのでカレーを作ってみた。カレーを作るのはあまり慣れていなかったが、まあそれなりにうまくできたと思う。


「うまいな、これ。」


 隣に座っている中年くらいの隊員さんが褒めてくれる。


「ありがとうございます!」


 これは、仲良くなるチャンスかもしれない。

 話しかけよう。話題、話題…。


「あの、この部隊に配属された経緯とかって、」


「ああ、単に、この前の帝国との戦争で俺の部隊が潰れたからだよ。」


 それを聞いて僕は顔が真っ青になった。


「ごめんなさい! 聞いちゃいけないことだったかも…。」


「いや、いいんだよ。どーせそこまでいい部隊でもなかった。」


 よかった。つくづく地雷を踏んでしまう気がする。なんでだろう。


「でも、この部隊はいい部隊にしたいですね!」


 いい話風に話を締めてみた。これはいいんじゃないだろうか。


「その必要はないんじゃないか?」


「………え、なんでですか?」


「どうせ、あの勇者サマが全部片づけちゃうからだよ。この前の遠征もそうだった。アンデッドの大群をバッサバッサと斬り飛ばしてさ。」



 ………なるほど。しかしまさか、この部隊の気まずさの根底にジーフリトさんがいたとは、思いもしなかった。





 一方そのころ、トールレーリア山脈を越えた、さらに向こう。魔王城では魔王と、その配下たちが出揃っていた。

 まあ、魔王城といっても、ただの大きい館だが。


「魔王様、揃いました。」


 黒髪の聡明そうな青年——魔王ニズヘグルは一同を見渡し頷いた。


「じゃあ、始めようか、会議。」



 会議は踊れど魔王は上の空。


 魔王は、遠い遠い遥か昔のことを思い出していた。それは、人と魔族がまだ一緒に暮らしていた時代。


「いつになったら平和になるんだろうね。」


No’ven torach.そんな時はこない。


 一頭のドラゴンと、一人の少女が山の上から戦場を見下ろしていた。


 少女は、真っ黒なドラゴンとは対照的に、真っ白な見た目をしていた。白い髪に、白い肌。ただ、その目だけが赤く輝いていた。


 戦争は、人族による魔族の迫害が深刻化したものだった。そして、彼らを辺境に追いやった結果、戦争へと発展した。


「私が、平和な世の中を作るんだ。」


Vareth kel dromやれるものならやってみろ,ysa小娘.』


 一陣の風が、彼らを吹いた。その風は、変革の風か、はたまた破滅の風か。

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