第10話 やばーい!
翌朝はよく晴れたいい天気だった。
ヴェルグレドは村長の家から出てうーんと伸びをする。
「本当にいいんだね。」
魔王が壁に寄りかかっている。ヴェルグレドは背後から急に声を掛けられビクッとした。
「あぁ、私は人間だからね。向こう側にいるべきだろう。」
魔王がふむ、と頷いた。
「それじゃ、始めよっか。」
魔王が手を前に出す。そして指を鳴らそうとしたその時、大きな呼び声がそれを遮った。
「ま、まってくださーい!」
見ると、ゴルンがこちらに向かって走ってきていた。なぜかルクシアも一緒にいる。
「は、はぁはぁ、ヴェルグレドさん、もう行っちゃうんですか?」
ヴェルグレドがうなずくと、ゴルンはこれを受け取ってください、と言って短剣を渡してきた。
「いいのかい? こんな立派な代物。」
「いいんです。俺は軍に入って一から鍛えなおすんで、丸腰のヴェルグレドさんの方が必要かなって。」
ヴェルグレドはもらった短剣をまじまじと見る。装飾の類はない素朴な短剣だが、その年季のわりによく手入れされている。いままでは果物ナイフみたいなので治療していたしちょうどいいかもしれない。
「ありがたくもらっておくよ。」
ヴェルグレドは短剣を腰に差し、魔王の方を向いた。
「さぁ、もう後腐れもない。はやく私を送ってくれ給え。」
魔王はため息をついて指を鳴らした。
「はいはい、じゃあね。」
ルクシアが心配そうにヴェルグレドを見る。
ヴェルグレドは精一杯の変顔をしながら虚空に吸い込まれていった。
暫くの間、上下左右がぐちゃぐちゃになる感覚を楽しんだ後、急に視界が明るくなった。
ヴェルグレドは吐き気を我慢して恐る恐る目を開ける。
「ここは…、」
あたりに響き渡る剣と剣がぶつかり合う音や爆発音。血の匂い。
ドサッと音を立てて、ヴェルグレドの足元に兵士が倒れる。
…んー???
≸
「報告! 西側、第三分団の伝令から、大量のアンデッドの発生を確認したとのことです!」
部下からもたらされた報告に、司令官は首を横に振った。
「ありえん! 開戦からまだ1時間も経っていないぞ。それに今は真昼間だ。」
「ですが、実際に被害が出ています。魔術師で部隊を再編成するべきかと。」
司令官は予想外のイレギュラーに頭を抱えた。ここで負けたら最悪都市一つを明け渡すことになってしまう。なんとしてでも勝たねば。
「くそっ! イズワールは外道に手を染めたのか。」
もし相手側に強力な
ひときわ大きな振動が天幕の中まで伝わってくる。
「考えている暇はない、か。」
司令官は、アンデッドが発生した場所の周辺を捨て、東側に戦力を集中させるという判断を取った。
天幕から出て、伝令たちに指令を伝える。そして、神に祈った。
「徳義神シラーよ、どうか我らに勝利を…。」
≸
やばいやばいやばいやばいやばいやばい。これは本格的にやばい。
ヴェルグレドは過去最高に焦っていた。
なぜかというと、無理をして大規模なアンデッド化を試みたところ、中途半端な蘇生になってしまい、意識のないただのアンデッドが大量発生する結果になってしまったからだ。
「こんなはずじゃ……。生き返らせるつもりだったのに…なんで、こんな……。」
ヴェルグレドはやるせない気持ちでアンデッドの大群が戦場を蹂躙していくのを眺めていた。
片腕だけで這っていたアンデッドが兵士の足首を掴み、それを皮切りにアンデッドたちがその兵士に群がる。そんな感じのことがあちこちで起きていた。
負のエネルギーを集めてアンデッドを無力化しようにも彼らを蘇生するのにその場にあった負のエネルギーをすべて消費してしまった。
見ると、一方の兵士たちが一斉に退却していった。もう一方のほうはひどい有様だ。もう立っている兵士がいない。
えーっとたしか、あの紋章は、イズワール王国だったかな? …ジーフリトって、イズワール王国の勇者じゃなかったっけ。
ヴェルグレドはぶるりと身震いをした。次見かけたら逃げよう。うん。
アンデッドたちは、獲物がおらず、今が日中であることもあって、ゆっくりと活動を停止していく。
夜になったらまた出てきてしまう。それまでに何とかしておかなければ。
負のエネルギーが満ちたらまた蘇生を再開しよう。
ヴェルグレドは血の染みた地面に座りこみ、負のエネルギーが溜まりやすい夜まで待つことにした。
太陽が西へ傾いていく。風が冷たくなってきた。死体に話しかける。
「夜になったら、また逢おう。」
≸
「勝ったぞー!!!」「うおぉぉぉぉー!!」
勝鬨が上がる。今回は戦力的には辛勝もしくは敗北になると予想された戦だったが、なんとか大勝に収めることができた。
あの不気味な死者の群れが敵を攪乱してくれたおかげで…いや、考えても仕方あるまい。今は、ただこの勝利を嚙み締めよう。
偵察によればアンデッドの姿は見えないらしいが、夜になったらまた出てくるだろう。はやく軍を引き上げてしまおう。
凱旋が楽しみだ。
ゴードルド帝国の司令官はワインで口を湿らせた。
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