第5話 勇者

 一晩明けると、吹雪は完全に収まっていた。

 ヴェルグレドとルクシアは洞窟から出て周囲を見渡す。澄み渡った空に、眼下には一面の雲海。吹雪で余り状況がつかめていなかったが、かなり高いところまで来ていたようだ。そう思うと、少し空気が薄いような気もする。


「うーん」


 ヴェルグレドは思いっきり息を吸い、のびをした。高い山を登るというのは初めてのことで、とても新鮮だ。


「あそこから越えるのが早そうね。」


 ルクシアが峡谷のようになっている部分を指す。確かに、あそこからなら楽に山を越えられそうだ。というよりも、ほかの箇所が高すぎて越えるのは難しそうだ。

 二人は、雪に足を取られつつ進みだした。



 二人は一日かけて峡谷の手前まで来ていた。日は暮れかけていて、峡谷に入る前に野宿をするという判断を取った。街で買ってきた食料がもう底をつきそうだ。下山は急がなければいけないかもしれない。

 そうして夜が明け、二人は峡谷へと入った。崩落などの危険も考え、ルクシアが先行して進んだ。


 中間あたりまで進んだ時分、ルクシアが急に立ち止まった。


「どうしたんだい?」


 ルクシアは押し黙って焦りの表情を浮かべている。ヴェルグレドは寒いなぁと思いくしゃみをした。


「………逃げるわよ。」


 ルクシアがそう言い、ヴェルグレドの手を掴んで走り出す。ヴェルグレドは急なことすぎて足がもつれ、転んでしまった。堅い雪が口に入ってきてなんか不快だ。

 ルクシアがヴェルグレドを抱えて起こそうとしたその時、轟音を立てて峡谷が崩れた。ルクシアが落石を蹴り飛ばす。


「おや、あれは…?」


 峡谷の崩れた部分から、巨大な何かが顔をのぞかせていた。その、''何か''が咆哮を発すると、空気がびりびりと震えた。


「ドラゴン…」


 ルクシアが呟く。


「おお! あれがドラゴンというやつなのか。初めて見た。」


 確かに伝承通りのトカゲのような顔に、大きな翼を持っている。そして何より特徴的なのが、その色だ。まるで周囲に溶け込むような真っ白さ。


「美しい…。」


 気づけばヴェルグレドはため息をついていた。まさかあのような生き物が存在していたとは。来てよかった。


「何言ってるの!? 早く逃げるわよ!」


 ルクシアがヴェルグレドを肩に抱えて走り出す。ドラゴンは口から氷のブレスを吐き出し追撃する。ルクシアは右へ左へ飛んで躱すも、抱えられているヴェルグレドの顔にブレスが掠ってしまう。

 ブレスが掠ったヴェルグレドの顔は一瞬にして凍り付いてしまう。ヴェルグレドは痛みのあまり気絶した。



 ルクシア・クレインは人生何度目かの絶体絶命を感じていた。

 背には気絶したヴェル。背後には追いかけてくる凍竜フロストドラゴン。ヴェルが死んだら恐らくルクシアの死霊術も解けて本当の意味で死ぬ。ルクシアにはもう、一か八かに賭け迎え撃つしかなかった。


 ルクシアは地面にヴェルグレドをそっと下ろし、ドラゴンと相対した。

 そして、どう攻めようかとドラゴンと睨み合っていたその時、ドラゴンの首が落ちた。ルクシアの目には、上からものすごく速い何かが落ちてきて、それがドラゴンの首を落としたように見えた。


 あたりに土煙が立ち込める。その奥に、倒れたドラゴンの影と、一人の人影が見えた。ルクシアはとっさにフードを被って角を隠す。


「大丈夫ですか!」


 人影がこちらに駆け寄ってくる。

 ルクシアはかなり警戒していた。あれだけの強さを持っていてかつ単独で魔族領を目指す人物なんてろくでもないに違いない。


 人影が姿を現した。軽装の鎧に派手な装飾で強そうな剣を携えたその男は、さわやかに笑った。


「あぁ、無事でよかった。」



 ヴェルグレドは目を覚ました。顔がすごくひりひりする。

 そして、謎の金髪の青年がヴェルグレドを見下ろしていた。やたらにこにこしていて好印象だ。


「君は誰だい?」


 ヴェルグレドは聞いてみた。


「僕はジーフリト。旅の者だよ。君は?」


「私はヴェルグレド・ヴェルキンス。死霊じゅ…ネクロマ…むごっ」


 いきなりルクシアに口を塞がれた。後ろでルクシアが囁いてくる。


「彼は恐らく勇者よ。勝手なこと言わないで。」


「?」


 勇者。その言葉はヴェルグレドからすればもっともかけ離れた存在だった。村の子供たちの憧れ、みんなの救世主。ヴェルグレドは、目の前の男と首が飛んでいるドラゴンの死体とを交互に見比べた。そして、ジーフリトの手を取る。


「君が勇者なのか! ぜひサインをくれ!」


「もちろん構わないさ! しかしなぜ僕が勇者だとわかったんだい?」


「だって、君が私たちを助けてくれたんだろう? それにそのカッコいい剣! それはあの伝説の聖剣じゃないかな?」


「よくわかったね。よし、サインを書いてあげよう。」


 ヴェルグレドが手持ちのメモ帳を取り出す。

 後ろでルクシアがため息を吐いた。

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