第4話 楽しい登山

 ヴェルグレドとルクシアは魔族領に向けひたすら旅を続けていた。

 なるべく人目につかないように街を避けて進み、何日もかけて歩く。トラブルも避けるよう心掛けた。野盗や、魔物に遭遇することも何度かあったが、そのたびにルクシアが武力で切り抜けた。


 そうして進むこと約三ヵ月、ヴェルグレドたちは魔族領と人族の領域の境界に位置するトールレーリア山脈に到達していた。遠くから見るだけでも高さは一目瞭然だったが、近くから見るとなお高い。見上げても頂上が見えない。それに、左右を見渡しても山脈が途切れている所がない。迂回の余地はなさそうだ。


「ほんとにこれ、登るのかい…?」


 ヴェルグレドは不安げにルクシアに問いかける。それに対しルクシアは飄々と答える。


「それ以外に取れる方法はないって、何度も言ったでしょう。」


「君がこっち側に来た時も登ってきたのかい?」


「いいえ、私は空から来たわ。」


「そ、空!?」


「さ、そんなことはどうでもいいのよ。日が昇ってるうちに登れるとこまで登ってしまいましょう。」


 空ってどういうこと? ちょっと待って空って言ったよね君。

 そうしている間にもルクシアはどんどん先へと歩いて行ってしまう。ヴェルグレドはそれを追いかけた。



「死ぬ! 死ぬ! ああ、私はここで凍え死んでしまうんだ! うわーん。」


「いちいち大袈裟ね。この程度耐えなさいよ。」


「君はアンデッドだからそんなことを言えるんだ! 生身の私の身にもな…ふぇっくしゅ!」


 ヴェルグレドとルクシアは、吹雪に見舞われていた。それも、山の中腹で。どこにも逃げ場はなく、進むしかない状況だった。

 ヴェルグレドはなけなしの魔力で火を出していたが、すぐに消えてしまった。ちなみにルクシアは全く魔法を使えないらしい。


 吹雪の中を進むうちにヴェルグレドの体力は尽き、ルクシアに背負われながら進んでいた。ルクシアはヴェルグレドを背負った状態でも軽々と動く。寧ろ走ってすらいた。


「あぁ、死が、私を優しく包み込むぅ…。」


「ヴェルっ! 寝ちゃダメ! しっかりして!」


 ヴェルグレドには走馬灯が見えていた。

 母さん、あまり喋ってくれなかったな…。じゃがいものシチュー。炊き出しに混ざって食べて怒られたな…。それから、それから…

 ……え? もう終わり? いくらなんでもつまらなさすぎない? なんかもうちょっとあるでしょ、いろいろ。


 ヴェルグレドが自分の走馬灯に文句を垂れているころ、ルクシアの目は洞窟を捉えていた。


「洞窟! 洞窟があるわ! あそこで何とか凌ぎましょう!」


 ルクシアはヴェルグレドを背負ったまま洞窟に飛び込み、ヴェルグレドを放り投げる。そして、そのままの勢いで外から枝を集めてきて、超高速で擦り始めた。

 ものの1分もしないうちに枯れ枝に火が付いた。ルクシアは必死に息を吹きかけ火を大きくした。



「あぁ、あったかい。」


 しばらくして、ヴェルグレドは意識を取り戻した。


「………はっぁぁぁぁよかったぁ。ヴェル、何か食べる?」


 ヴェルグレドは体を起こして考える。さっきまですごーく変な回想を見ていた気がする。もしかして、あれが走馬灯ってやつなのか? だとしたら、また一歩死に近づいた。喜ばしいことだ。


「…いや、それよりも、だ。」


 この洞窟は妙に死の気配が強い。戦場でもないのに、ここでたくさんの人が死んだように感じる。しかも、その死は、優しくない。生者を容赦なく引きずり込んでしまうような、そんな雰囲気が漂っている。


「ルクシア、ここは、危険かもしれない。」


「え? この洞窟、すごく居心地がいいわよ。」


 そうか、アンデッドである彼女はそう感じるのか。


「我が領域に足を踏み入れるは、何奴だ?」


 突如、洞窟の奥からしゃがれた声が響き渡った。


「誰だ!」


 ルクシアが警戒する。

 コツ、コツと足音が聞こえる。そうして洞窟の奥から姿を現したのは、ミイラ化した魔法使い、いわゆるリッチだった。


「そこの男、貴様からは同類の匂いがする。」


「…ああ、私は死霊術師ネクロマンサーなんだ。」


 リッチが興味深そうにヴェルグレドを見る。


「ほう、どのような術を使う。」


「死者を、甦らせる術を。」


「ふっ」


 リッチが意味深に笑う。ヴェルグレドは同類だとわかってリッチに対して親近感を覚えていた。彼はどこまで死に足を踏み入れているのだろうか。一度死んで再発生した人なら、死後の世界とやらも知っているのかもしれない。


「その程度か。貴様の死霊術はその程度なのか?」


「どういう意味だい?」


「我より劣った同類は不要! 死ねい!」


 そう言って突如リッチが詠唱を始める。ヴェルグレドは何をしてくるのかとわくわくした面持ちで詠唱の終了を待っていた。

 そしてリッチの詠唱が終わり、地面から五体ほどのスケルトンが這い上がってくる。リッチがそれらに命令する。


「我が僕よ! 彼の不遜な侵入者どもを殺せ!」


 一方ヴェルグレドは、ひどく失望していた。スケルトンなんて自然発生のやつとほとんど変わらないじゃないか。もっと根源的な死に関する術を期待していたのに。


「もういいや、ルクシア、倒してくれて構わない。」


 そういうと、ルクシアが飛び出して一瞬でスケルトンとリッチを制圧した。

 死霊術っていうから期待してたのに。あれはただの死体を動かす魔法だ。リッチの方も死霊術もどき以外の術による反撃はなかった。何がしたかったのだろうか。


「ぎゃあああ! ま、まさか貴様アンデッドか!?」


「もういいよ、お疲れ様。」


 そう言ってヴェルグレドはリッチの負のエネルギーを吸収した。


「ま、まて、その力は、なんだぁ………」


 ヴェルグレドはいつも通りそれらの負のエネルギーをルクシアに入れた後、ため息をついて座り込んだ。


「この人はおそらく自然発生だから、私が殺したってことにはならないはずだ…………きっと。」


 …神が見てるなら、知らぬふりをしていてほしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る