24・男はオオカミなのよ


 翌朝の空は気持ちよく晴れていた。

 石柱に囲まれた広い玄関広間の片隅で、ミュリナが山歩き用の編み上げ靴に履きかえていると、ガチャッと鉄のこすれる音がした。顔をあげると、目の前に銀色の鎧が立っている。


「リ、リディアーヌ様ですか?」


 このひとは鎧を着ていても近づく気配がないんだわと、ミュリナは感心した。それにしても、明るい朝だからよかったものの、もし暗がりの中だったら、突然の鎧出現に悲鳴が出たと思う。

 視界確保用の細隙さいげきから、アクアブルーの瞳がのぞく。その瞳になんとなく怒りの色がある気がして、ミュリナは身をすくませた。


「ジュリアスといっしょにいくのね……」


 こわばった口調で、リディアーヌは言った。


「は、はい。伯爵がジュリアス様の御身を心配なさってるのは、重々承知しております。危険の大きな場所には決して近寄らないよう気をつけま……」

「ミュリナ! 若い男はみんなオオカミなのよ!」


 がばっと兜を抜き捨てながら、高貴なる伯爵夫人は言い切った。


「はいっ?」

「ひと気のない森の中へオオカミとふたりっきりで行くなど……わたくしは……わたくしはあなたの身が心配でなりません!」

「もしもしリディアーヌ様? オオカミって、ジュリアス様のことですか?」

「ほかに誰がいるというのです」

「……ジュリアス様は、リディアーヌ様のご子息ですよ?」

「知っています。わたくしが生んだのですから」

(ご子息をオオカミ呼ばわりですか……)


 ミュリナは頭が痛くなってきた。昨晩に引き続き、ここにエメがいてほしいと思う。エメは夫人の個人的な連絡係として、本邸と別荘を行ったり来たりなのだそうだ。


「若い男とふたりっきりなんて感心しません。ミュリナ、わたくしと一緒にいらっしゃい」

「ミュリナ様を誘うのはやめてください。母上の化け物じみた戦いぶりに巻き込まれて、彼女が死んでしまいます」


 醒めた声音とともに登場したのは、オオカミ呼ばわりされた息子である。


「化け物じみた戦いぶりは、あなたもおなじじゃなくって? ジュリアス」

「私は冷静に一撃必殺で仕留めます」

「のろまな魔物しか狙わないじゃないの」

「でも母上が三度剣をふるう敵も一度で済みますから、効率的ですよ」

「……言うわね。じゃあ今日一日でどれだけ原石を集められるか競争よ!」

「その負けず嫌い、なんとかなりませんか。私は競争にはのれません。今日はミュリナ様と出かけますので」

「駄目っ!」

「なぜですか?」

「オオカミだから!」

「なにがですか?」


 鎧の指先がジュリアスを指す。

 銀髪の貴公子のこめかみに、青筋が浮き上がるのをミュリナは確かに見た。


「……私が十四歳なら、母上は十歳ですね」


 怒りを抑え冷静にふるまう努力をにじませた口調で、ジュリアスは言った。

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