辺境魔法士のスープハウス -冤罪で追放された元魔法学園首席、辺境でひっそりスープ職人始めました-

マイネームイズA

プロローグ.辺境魔法士、スープハウス始めました

「なあ、おいスープ野郎」


 ゴリ……ゴリ……ゴリゴリ……


「聞いてんのか」


 ゴリ……ゴリ……ゴリゴリ……

 ゴリ……ゴリ……ゴリゴリ……


「ハシリ草のすり潰し完了。次は……スイートドラゴンの処理か。甘さを引き出すために低温で調理してっと。こいつの処理は相変わらず面倒くさいな。まあスープ作りは楽しいからいいんだけどな」

「おい!! テメェ!! 聞いてんのか!!」

「ん? あんまりでかい声出さないでくださいよ、お客さん。他のお客さんの迷惑ですから」

「何してんだっ!! 早く用意しろ!!」

「はい?」


 何してるって……見ての通り、俺はただコトコトスープを煮込んでいるだけなんだが。


「お客さんに頼まれたスープを調理してるところですよ。あと12分くらいで出来ますからしばしお待ちを~」

「ああ!? 12分!? そんなもん待てるか!! 今すぐ用意しろ!!」

「でも……あなたは旅人か何かですよね? これからダンジョンに向かうといったところでしょうか」


 でかいリュックサックに、腰に携えた剣。

 そして依頼された『ハシリ草とスイートドラゴンの冷製スープ』。

 俺のオリジナルメニューだがまあ人気のスープで、これを飲むとメキメキ力が湧いてくると評判だ。

 まあこのお客さんの場合、目的は美味しいスープを飲むことではなく戦闘に使うためらしいが。


「そうだよ!! 俺は魔法も剣も上手い。だから強い魔物を探して冒険に行くのさ。それで最強になってやる!!」

「左様で」

「テメェ!? 今全く興味なさそうにしやがったな!?」

「いや~? 別に、興味ありますよ。私はそういった戦いには縁がないもんで、スープハウスにやってくるお客さんの話を聞くのは楽しい。でも少し声が大きいなと思って。もう少し声のトーン、ダウンでお願いできませんか?」

「コイツ……」


 俺はスープハウスにやってきて美味しいスープを飲むことを目的にしている善良な客に悪態をついたりはしない。

 ただ俺の歩んできた人生・経歴は少し異色で、わけあって弱者を見下したり虐げたりする目は見抜ける。

 この人はいわゆるをしている。

 そういう陰惨な目をした客には、少し苛立ちがでるときもある。

 ……まあこのスープハウスも最近始めたばっかりだし、許してくれ。


「お前、ザコのくせに……そんな態度で許されると思ってんのか?」


 ほらやっぱり。

 勝手にザコ認定されていた。

 血気盛んな客は自分が気に喰わないことが起こった時、変に騒ぎ立てるから困る。

 

「はい、すいませんすいません~」

「おい!! 謝る気ないだろ!!」


 コトコトコト……


 ……シビれスライムを火にかけているから、少し黙っててほしいな。

 火にかける時間をミスったら、一瞬でただのゼリーと化すからさ。

 失敗したら絶対ぶん殴るだろうに。

 俺はスープ作りに命を懸けてるんだ、一分一秒でも目の前のスープと向き合っていたい。


「謝る気あんのかテメェ!!」

「ありますあります。ごめんなさい、お客さんの機嫌を損ねちゃって」

「チッ……最初から謝っとけってんだ。ただの片田舎の辺境スープ屋がよ」


 腕にドラゴンの入れ墨をいれたガタイのいい巨漢。

 成る程成る程、その巨躯で傍若無人に振る舞ってきたわけか。

 まあ普通こんな奴がいたら怖いわな。


「あ! ……あー、精霊泉の聖水、冷やすの忘れてたぁ。すいません」

「おい、どうした」

「材料の水を冷やすのを忘れてて。さっき12分って言ったけど、15分で勘弁してくださいませんか? あはは、お客さんが騒ぎ立てるから気が散っちゃって」

「んだとゴラテメェ!!!」


 巨漢の怒鳴り声が轟然と耳に響いた。

 凄いキレてるな……でも、この人はそもそもの前提を忘れたのか?


「あの、お兄さん。あなたは力と精力を向上させる料理を作れる料理人がいないと騒いで、この『ガレッダ・スープハウス』に押しかけたんでしょう?少し待てませんか? ウチで提供してるスープはこだわりが強くて、流石に時間掛けないといけないんですよ。その代わりに極上のスープを提供します。俺の魔法で3分で冷やすんで待っててください」

「おいおい待てよ、テメェ今俺が悪いみたいな言い方したなぁ?」


 ええ……。

 オブラートに包んで包んで、赤ちゃんの相手をしてる時くらいかなり包んだつもりだけど。

 ダメか。


「でも、待たなきゃ手ぶらで帰ることになりますよ。こんな美味いスープを作れる店は国中を探してもないと思いますが。勿論中央の魔法連合軍の料理なんかはダメダメだ、あそこのスープは酷かった」

「ググ……ああ、分かった!! ガレッダ・イグレウス君!! 君のスープは大変素晴らしいと常々耳にしているよ。ずっと待っているから、焦らずゆっくり造ってくれたまえ!!」

「はあ……いきなりどうしたのやら」


 俺が軽い脅しをかけたところ、巨漢は急に人が変わったように笑顔で恭しくなった。

 何だこの人……。


「ちょっと精霊泉の聖水、裏で冷やしてきますね。少々お待ちくださーい」

「ああ!! 構わんよ!!」


 巨漢の白々しい態度を見たくないのと魔法を見られたくないという私欲で、俺は裏の調合室へ逃げた。



☆★☆★



 3分経過。

 冷えた精霊泉の聖水に、すり潰したハシリ草と極上の火入れをしたスイートドラゴンの肉とそのエキスを加えて、完璧な調和でスープにする。

 よし、透き通った透明なスープにスパイシーで爽やかな香りが極上だ。

 俺はテイクアウト用に用意している透き通った透明の魔法瓶にスープを流し込み、ボトルを締める。

 ハシリ草とスイートドラゴンの冷製スープ、完成!!

 ふう、これ渡して次の仕事っと。


「よーし、完成。大分ハイスピードで仕上げましたよ。どうですかねお客さん」

「おお。確かに、こりゃすげえ……。こんな透き通って輝いたスープは見たことがないな」

「ええ。正真正銘。お客さんの求めていたものですよ」


 ニコッと営業スマイルを作る。

 最近練習中だ。


「……」

「えーと、お客さん? 何かありました?」


 お客さんは俺が渡したスープを片手に握りながら、こちらに顔を向けてニヤニヤしながら無言を貫いている。


「……」

「あのー、お代を。20銀貨です」

「――いやいや、待ってくれよスープ職人さんよ。そりゃちょっと高えなあ。ぼったくりだ」

「えー……」


 クレームの一つや二つは言われるのは覚悟していたのだがやっぱり来たか。

 ていうか、この値段はむしろ安いほうだぞ。

 しかも最初にお代言ってるし。


「タダにしろ」

「わお!」


 ハイキター。

 これはもうクソ客認定でいいのでは。

 いきなり押しかけてきてサッサとスープを作れ、しまいにゃ値切りまで……。

 こっちの身にもなってくれ。

 俺の魔法がなければこんな短時間でスープ作りなんて出来ないんだからさ。


「お客さん、スープ作りは大変なんですよ? 俺は個人経営です。『ガレッダ・スープハウス』には今のところ俺1人しかいません。素材の調達も調理も、効果の確認のための試飲も俺1人で――」

「――うるせえってんだ!!! テメェのそのメガネ、割ってやろうか!?」


 巨漢が急に怒鳴り始めた。

 メガネを割られるのは嫌だから謝っておこう。


「あー、ごめんなさいごめんなさい。分かりました、10銀貨にします。半分です。かなり安いです。赤字になっちゃうけど、めんどくさいんで今回は特別価格で」

「おい、タダっつっただろうがぁ!!」

「無理無理。それは流石に無理です、スープ作りを舐めないでください」


 俺がやれやれと首を振ると、巨漢は徐に腰の剣を取り出した。


「わお……まじですか」

「さっきよお、俺のこと旅人っつったよな。ハ・ズ・レ。俺は今、盗みを冒して国の魔法士団に追われている、犯罪者だ」

「あ……ああー!! だから――」

「そう、だからこんな必至こいて力がすぐに手に入る食いもんを探してたんだ。移動速度が速くなるスープにこだわってたのも魔法士団から逃げるためって言えば納得か?」

「はい!! 成る程、そういう伏線だったのか……」

「ああ。そうだよ」

「はは、犯罪者なんて当てられませんよ普通。もっとヒント出してくださいよ。あ、強いて言うならその巨躯がヒントか」

「あはは、確かに。これでも分かる奴は分かるぞ? でもそうだな。もっとヒントを――ってテメェ!?」

「はい?」

「何普通に和気あいあいと犯罪者と談笑してんだ!?」

「あー」


 確かに、普通に考えれば今のこの状況は割と切羽詰まってやばい状況だろう。

 でも……多分この人そんな強くないだろ。


「テメェ……どうしてもタダにしねぇのか」

「するわけないでしょ? 犯罪者にオリジナルのスープを提供なんて、ホントはしたくないんですってば。レシピ盗まれたら怖いし、トラブルには巻き込まれたくない」

「……テメェ、今なんて」

「犯罪者にスープ提供なんて、ホントはしたく――」

「ザコが生意気な!! ガアアアアアッ――!!!!」


 巨漢は持っていた長剣で、俺の頭上に剣を振り下ろす。

 凄まじい剣閃だ。

 フォームは悪いが、こういう体の場合は力で振り切ったほうがよかったりする。

 巨躯を活かしているな。


「うわーっ、助けて! ……なんちゃって。はい、パキンっと」

「――えあ?」


 巨漢の剣が俺の頭上で止まる。

 いや、巨漢は剣を止めざるを得ない。

 何故なら俺が一瞬で剣を凍らしたから。


「ば、ば……」

「その剣、多分魔法耐性ありますよね。魔石で造ってるのか。でも俺の魔法は防げなかったみたいですね。なら、正面じゃなくてもっとトリッキーな戦法の方がよかったですね」

「ばば……」

「さっき魔法も剣も上手いって言ってましたね。――てことは、実力は俺の勝ちですね!」


 男は口をパクパクさせて、なにか呟いている。

 ああ、次のお客さんのことも考えたらこれ以上茶番に付き合ってられないな。


「ほら、そのスープ一口飲んでみてくださいよ。きっとタダでなんて言えないはずですよ」


 俺は唖然とする巨漢に、スープを飲むことをお勧めした。

 俺の力にビビッてしまったのか、巨漢は震える手で自分の口にスープを流し込んだ。

 途端、巨漢の身体が硬直する。


「……なんだこのスープ。薬草の豊潤な香りに、スイートドラゴンの甘く濃厚な脂。……こんなスープ、生まれて一度も飲んだことが……」

「――美味いでしょ俺のスープ。で、どう? 俺のスープの価値がタダなんて、まだ俺の前で言える?」

「――ひっ! ……あ、あ。うわああああっ――!!」


 俺の脅しに恐れおののき、巨漢はお金をきっちり値段分払ってガレッダ・スープハウスを後にした。

 まったく、騒がしい客だ……。

 スープ職人の仕事は楽しいけど大変な時もあな。


 カロカロカロ……


 お、来店の鐘だ。

 次の客が来たな。


「いらっしゃいませ――! ガレッダ・スープハウスではお客様に極上のスープを提供いたします。ただし、乱暴なクソ客はどうぞおかえりくださいませーっ!」


 



 本日も『ガレッダ・スープハウス』は営業中。

 ただし少し気だるげなこのスープハウスの店主は異色の経歴につき少々怖いので、ハウス内での粗相は十分ご注意を。




☆★☆★


お読みいただきありがとうございます。毎日投稿を目指して頑張るので、是非スープハウスの経営にご尽力ください。

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