そして黎明の遺伝子

第32話「姉は忘れた頃にやってくる(母もね)」

 冬休みも終盤、年が明けて間もない日本列島は、急激な変化の気配に包まれていた。


『――新内閣は、全国規模での善行スコア制度導入を閣議決定。新与党「未来創政党」は、国民全員へのポイント制導入を通じて、社会秩序の最適化を目指すとしています――』


 朝のニュースを流しながら、俺は台所で冷蔵庫を開ける。

 解散総選挙、政権交代。

 そしてスコア制度の全国展開まで数日、とんでもないスピード感だ。

 冷凍のシャケと納豆のパックを取り出し、簡単な朝飯を作ろうとした瞬間、けたたましい音を立てて玄関が開いた。


「ユウリ〜〜! ごはん作って〜!」


 靴を蹴るように脱ぎ捨て、スポーツバッグをテーブルに放り投げる。

 そのままソファにすとーんと飛び込んだのは、俺の姉だった。


「……帰ってくるなんて聞いてないぜ」


「自分の家だもーん! ユウリに連絡する理由なんてありませーん!」


「あと帰宅して第一声がごはんて」


「だって〜、実家ってそういうもんでしょ」


 姉は、スポーツ推薦で中学、高校、大学まで進み、そのまま大手企業に就職した体育会系の女だ。

 運動神経バツグンで成績も中の上、空手は黒帯で社交的。

 ケンゴを筆頭に、俺の友人ほとんどの初恋を奪ってきた初恋ハンターだ。

 ただし、家事全般は壊滅的だった。


「シャケ4切れあったかな……」


 もう一度冷蔵庫へ向かう。

 1階の騒動を聞いて、トントントンと階段を降りてきたリュシアが、恐る恐る姉にあいさつした。


「あの、初めましてお姉さま。文化交流ホームステイでお世話になっております。リュシア・セレネと申します」


「はじめまして〜☆ ティアナでーす!」


 ソファにごろ寝してテレビのチャンネルを変えようとしていた姉は、せんべいをくわえながらヘッドスプリングで飛び起きる。

 せんべいを「バリンッ!」とかみ砕き、もぐもぐごくんと飲み込むと、二人の異星人を上から下までなめるように観察した。


「……いいっ! かわいいっ! こんな妹ほしかったのよぉ〜っ!!」


 目を輝かせ、前置きもなくがばっとハグして頬ずりをする。


「んぅ~最っ高ぉ!」


「ちょ、あの、お姉さま?!」


「あっはは、くすぐったい☆」


 二人の美少女を堪能すると、姉はスッと手を差し出した。


「よろしく! 長女のサクラよ!」


 とりあえず、問題は起こりそうにない。

 俺はほっとして、4枚のシャケをグリルに突っ込んだ。

 その夜。


「ユウリ! お風呂のぞいたら殺すからね!」


「のぞいたことなんかねぇだろ!」


 脱衣所のドアがぴしゃりと閉じられた。

 どうやら、姉・リュシア・ティアナの三人で仲良く入っているらしい。


「……なんで三人で入る必要があるんだよ」


 俺がぼやく声など無視して、脱衣所の外までキャッキャと笑い声が聞こえてくる。

 食洗機から食器を取り出し、かたづけていると、聞くつもりはなくとも、話の内容は筒抜けだ。


「サクラちゃん、スタイルいい~☆」


「ティアナもかわいいわよ。それと、リュシアのおっぱい、おっきいねぇ! 何カップ?」


「あ、あの、それは……」


「さわっていい?」


「あ、あの! ひゃんっ!」


「でっっっか! やわらか!」


「あっはは! サクラちゃんってユウリと性格違いすぎ! ほんとに姉弟きょうだい?」


「あー、ユウリはねぇ、昔から泣き虫でさ。友だちのアリが死んだとかで大泣きよ、大号泣」


「かわいらしいですね」


「そう? 私はアリの巣に棒突っ込むの好きだったからなぁ。まぁとにかくアイツはヘタレ。間違いないわ」


「わかるー☆ カッコつけるくせにいざとなると顔真っ赤にして逃げそう〜」


「声でけぇ! 聞こえてんだよッ!」


 風呂からはまた大きな笑い声が響く。

 俺はさっさと台所をかたづけて、自室に引きこもった。

 そして、夜も更けて。

 ついさっきまで大騒ぎしていた姉の部屋が、急に静かになった。

 ドアが半開きになっていたので、風呂に入るついでにちょっと見てみると、姉とティアナが同じベッドで寝ていた。


「まったく、電気くらい消せよ」


 布団から出ている姉の足に、ティアナがコアラのようにしがみついている。

 俺は、ティアナに布団を掛け、電気を消して風呂へ向かった。


 翌朝。


「ユウリ! ごはーんっ!」


 階下に響く絶叫。

 飛び起きて時計を確認すると、まだ朝の7時だった。


「ごーはん! ごーはん!」

「ごーはん☆ ごーはん☆」


 ティアナの声も混じっていた。

 近所迷惑なのでほっとくわけにも行かず、台所へ向かおうと部屋を出る。

 ふと目に入った姉の部屋の惨状に、俺は目を疑った。

 一晩で床が見えなくなるほどに散乱した服やマンガの山。


「……どうやったら一晩で床の存在を消せるんだよ……」


「楽しいお姉さまですね」


 後ろから現れたリュシアが、心の底から楽しそうに笑った。

 そして、その日の午後。

 玄関のチャイムが鳴った。


「今度は誰だよ……って、えっ?!」


 ドアを開けた俺の目の前にいたのは——スーツケース片手の、俺の母親だった。


「ただいま、ユウリ」


「は……? なんで? イギリスだかフランスだかにいるんじゃ……?」


「今はフィレンツェよ」


「あれ? 言ってなかったっけ? 母さん一時帰国するって」


 後ろから顔を出した姉が、さらっととんでもないことを言う。

 新年早々政権は変わり、社会もどこかざわついている。

 我が家もなんだか急に騒がしくなった。

 だけど、その騒がしさは、ほんの少しだけ、平和な匂いがした。

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