第13話「夜空に咲いた君の唇」

 夏休みも後半に入ったある日、クラスメイトのいつメンで、地元の夏祭りに行くことになった。

 河原の土手には屋台の明かりが連なり、浴衣姿の人々が歩く。

 その光景は、昼間とはまるで別の世界のようだった。


「……これが、“夏祭り”……なのですね」


 リュシアは、淡いアサガオの浴衣を身にまとい、うっとりとした表情で提灯ちょうちんの明かりを見上げている。

 友人に借りたという浴衣は、まるで彼女のために仕立てたかのようにぴったりだった。


「地球文化、最高〜☆」


「さいこー!」


 隣でくるくる回っているのはティアナとケンゴ。

 ケンゴの妹の“おさがり”としていただいた浴衣は、アニメキャラがプリントしてあるやつだ。

 気に入っているようなので、ケンゴの妹がまだ小学生だというのは黙っておこう。

 そんなこんなで、クラスの仲間たちと合流して、神社周辺の縁日へと繰り出す。

 屋台から響く発電機の音、提灯の明かり、どこからか流れてくる祭囃子。

 まさに日本の夏だった。


「見てケンゴ! あれなに!? バンバンしてるやつ!」


「あれは射的って言ってだな……えぇい説明めんどい! 来いティアナちゃん! 爆裂スナイパーケンゴさまの腕を見せてやる!」


 いきなりテンションマックスな二人は、手をつないで駆け出していく。

 ケンゴは射的屋の台に身を乗り出して特賞のぬいぐるみを狙った。


「おらぁっ、いけぇーっ!」


「やったぁ~! おっきなクマちゃん☆」


「どうよ! 爆裂スナ――」


 言いかけたケンゴの腹に、ティアナが抱きつく。


「ありがと☆ ケンゴ!」


「お、おう!」


 さすがのケンゴもティアナの前では形無しだ。

 そんな二人を微笑ましく見守っていた俺の袖が、いきなりぐいっと引っ張られた。


「ユウリさん! あ、あれは? あの丸い食べ物はなんですかっ?!」


「あー、あれはたこ焼き。……食べてみるか?」


「はいっ! それと、そのとなりのカラフルなあれは」


「えっと、チョコバナナかな。せっかくだ、いろいろ食っちまうか」


「はい! せっかくですから!」


 リュシアが笑顔で頷いたとき、俺は気づいた。

 彼女の手が、いつの間にか俺の手を握っている。

 つないだ手から心地よさを感じながら、俺たちは人混みの中を楽しく歩き続けた。


「……あれ? そういえば、みんなどこ行った?」


 いつの間にか、クラスメイトたちの姿が見えなくなっている。

 まぁそんなに広くない神社だ、あわてるようなことではないけど、さすがにティアナをケンゴに任せっきりってのは、ちょっと申し訳なかった。


「しまったな……って、リュシア、どうした?」


「……っ、すみません……先ほどから、足の指がちょっと……」


 慣れない下駄に足を痛めたらしく、リュシアが小さく足をかばっていた。

 縁台に座らせ、下駄を脱がせる。

 下駄を脱がせると、指の間に擦り傷ができていた。


「痛そうだな」


「すみません、せっかくのお祭りに」


「気にするなよ、なれてないんだから仕方ない……ん?」


――ぽつり。


 頬に雨粒が当たった。

 空を見上げると、さっきまでよく見えていた二つの月が、黒い雲に隠されている。

 夏の夕立は足が速い。

 さーっと降り始めた雨に、俺はしゃがんだまま下駄を手に持ち、リュシアに背中を向けた。


「ほら、おんぶするから」


「え? でも……」


「もう、ポツポツきてるし。雨降ってきたらまずいだろ。急ごう」


「……お願いします」


 俺の首に手を回し、背中に乗ったリュシアは、無重力のように軽い。

 彼女を背負って立ち上がり、俺は神社の軒下まで小走りに駆け出した。

 背中に感じるマシュマロのような張りのある感触と、ぬくもりに胸の奥がざわつく。

 やがて境内に着き、軒下に滑り込んだ頃には、本格的な夕立が降り始めていた。


「くっそ、ちょっと遅かったな」


「すみません、濡れてしまって……少し寒いです……」


 髪からしたたる雨のしずく、濡れて肌の透ける浴衣。

 さっきまで背中に押しつけられていた胸から視線を外し、俺は彼女の肩に腕を回した。


「寄れよ。少しはあったかいだろ」


 肩を抱き寄せ、腕に抱いたリュシアの身体は、今にも折れてしまいそうに細い。

 寒さでかすかに震えている彼女を暖めながら、しばらく無言で雨を眺めた。

 ふと視線を向けると、俺を見上げているリュシアの顔が、思った以上に近い。

 タイミングとか、お互いの気持ちとか関係なく、俺はゆっくりと、ためらいがちに唇を近づけた。


「……どうしました?」


「っ……キス……したいんだ……けど」


「……地球文化における、唇を合わせる愛情表現ですね。なるほど……え、私と?」


「そ、そう。ダメ……かな?」


 背後では、降り始めと同じように唐突に、雨がやんでいた。

 雲は流れ、二つの月が顔を出す。

 見つめあう二人の間に、少し気まずい空気が流れた。


――ドン!


 夜空に大輪の花が咲き誇る。

 月と花火の明かりに、リュシアの顔が照らし出される。

 その顔は、やっぱりきれいだった。


「あ! ここにいたのか! おーい! ユウリたちいたぞ-!」


「もう! ティアナめっちゃ探したんだからね!」


 ケンゴとティアナを筆頭に、クラスメイトが境内に集まる。

 その背後で、大きな花火がつぎつぎと花開いた。


「たーまやー!」


「ケンゴ! たまやってなに☆」


「しらん!」


「あははっ☆ ケンゴってほんとバカ!」


 賑やかな声に包まれながら、俺はふぅっとため息をつく。

 変なタイミングだったかな。

 ケンゴたちが乱入してくれてよかったのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、リュシアの柔らかい唇が、そっと頬に触れた。


「……こう、ですか?」


 ほっぺに、チュッと。

 軽くふれただけのキス。


「……うん」


 花火の光で、俺たちの影が境内の白い玉砂利に映る。

 俺とリュシアの影は一つに重なっていた。

 連続で空に上がった花火が、ドドドドンと、まるで心臓の音みたいに響いた。

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