第11話「それは、AIの決定ではなく。」

 夜の山は、昼間とはまるで別の顔を見せていた。

 焚き火の名残がまだ微かにくすぶっていて、虫の声と風のざわめきだけが耳に残る。


「……つまり“幽霊”ってのはな、死んだ人の魂が、この世界に未練を残して現れるやつなんだ」


 俺が懐中電灯を手に説明すると、リュシアは星空を見上げながらゆっくりと頷いた。


「亡くなった後にも想いが残る……地球人は、ロマンチックですね」


「なにそれこわいっ! ティアナ、マジそういうの無理なんだけどぉ!」


 ティアナはケンゴの腕にしがみついている。今夜の肝試し、結末はもう見えた気がした。

 くじ引きでペアが決まり、俺とリュシア、ケンゴとティアナの組み合わせで、目的地の山中の小さな神社へと向かうことになった。


「え~ケンゴ~?」


「なんだよティアナちゃん! いいじゃん! おれいい男だし、めっちゃ守るよ~」


「おにぃちゃんがよかったなぁ☆」


「あきらめろ。厳正なる抽選の末、ティアナは落選しました」


「なんでおれがハズレみたいな話になってんだよ!」


「だってお前、自分で肝試し企画するくせに、ビビりじゃん」


「怖いのがいいんだろ! 肝試しは怖さを楽しむもんでしょうが!」


「まぁせいぜい楽しめよ。ケンゴはある意味肝試しには最高のパートナーだぜ。よかったな、ティアナ」


「よくないっ!」


 大騒ぎしているうちに、ケンゴたちの順番になる。

 最初は懐中電灯片手に先を進んでいたようだが、木立を過ぎたあたりですぐに「ひぃぃぃ~~……」というか細い悲鳴が聞こえ始めた。


「あれマジで最後まで持たないんじゃね?」


「ふふっ、それもまた、正しい肝試しの楽しみ方……ですね」


「まぁそう……か」


 やがて俺たちの番になり、二人で並んで夜道を進む。

 暗い広葉樹の林を進んで行くと、ほどなく小さな鳥居をくぐった。

 石段の先にぽつんと佇むお社は、昼間とはまるで違う空気をまとっている。

 幽霊なんか信じていないけど、ほんのり怖い。

 となりに立つリュシアも、幽霊というよりその闇の濃さに、怖がっているようだった。


 その時――


 ガサッ、と背後の茂みが揺れた。


「な……んだ今の?」


「……小動物、ではないですね」


 緊張が走った次の瞬間、草むらをかき分けるように巨大な影が立ち上がる。


「でぇぇでたぁぁぁぁぁッ!」


「ティアナむりぃぃぃぃぃっ!」


 ティアナに手を引かれたケンゴだった。

 ティアナは半泣き、ケンゴは顔面蒼白。


「手ぇはなしてよ! ティアナ逃げられないじゃん!」


「白いの見た! マジでいたって! 髪が長くてふわってしてて! 目が合ったし!」


「あれ絶対幽霊だよ~!? やだやだやだやだぁ!」


「手ぇはなさないでくれよぉ! こういうときは、手を握っていてほしいもんなんだよぉ!」


「やだ! いざというとき逃げられないもん! あとケンゴの手、めっちゃ汗かいてたし!」


 お社まで行ったのか、途中で引き返してきたのかはわからない。

 それでもあれだけ恐がれれば、肝試しを満喫したってことになるだろう。

 二人は騒がしく退場していき、あたりにはまた静寂が戻ってきた。


「なんか疲れたな。さっさとお札もらって……戻ろう?」


「はい、でも――」


 再び、音。

 今度はもっと近い。

 周囲の空気に湿気がまとわりつき、ねっとりとした夜気を感じさせる。


「……ティアナか?」


 返事は、ない。

 懐中電灯の光で草むらをなぞると、一瞬だけ――白い人影のようなものが、そこに立っていた気がした。

 あわてて光を戻す。

 しかし、次の瞬間にはもう何もいなかった。


「ユウリさん。……今、白い人影が見えませんでしたか?」


「リュシアにも見えたのか。じゃあ見間違いとかじゃないな……」


「もしも……今のが幽霊だとしたら……誰を思ってここにいるんでしょう?」


 リュシアがぽつりと呟いた。


「もしも、私が死んだら……幽霊なって、ユウリさんに会いに来たい。……と思いました」


 その声には、いつになく迷いが含まれている。

 自分の頭の中で、その言葉にまだ整理がついていないかのように、リュシアは言葉を止める。

 視線は一度セレーネに向かい、そしてゆっくりと俺の目を見つめた。


「それが……自分で初めて“思ったこと”です。AIに決められたことではなく、私自身の気持ち……選択です」


 俺は何も言えず、ただその隣で立ち尽くした。

 リュシアも別に、俺からの返事を待っているようでもなく、自分が自分の言葉を“選べた”ことに満足しているようだ。

 少し微笑み、ゆっくりと顔を上げ、木々の合間からセレーネを見つめていた。

 俺もつられて顔を上げる。

 月とセレーネは、地球人とセレーネ人のように並んで浮かび、湿り気を帯びた空気に白っぽい淡い光を浮かばせていた。

 懐中電灯を持っていない左の手の甲に、リュシアの指先が触れたのは、そのときだった。

 遠慮がちに、指先が触れるか触れないかのところで。

 つかもうとしては力が抜け、もう一度つかもうとしてはあきらめる。

 そんなリュシアに気づき、俺はしっかりと、彼女の白磁でできているようになめらかな手を握った。


「……暗いからさ。手つなごうか」


「はい。……こういう時は、手を握っていてほしいもの……ですよね」


 そのぬくもりが、たしかに俺の手の中にあった。

 お互いの指を絡め、ゆっくりと手を引いて歩いてゆく。

 やがてキャンプサイトへ着くと、どちらからともなく手を離し、いつもの友だちの中へ、俺たちは戻った。

 手の中に、微かな温もりを残して。

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