第28話 甘いものは、ほどほどに
「ここが行きたかった場所か?」
「そうそう。ネットで見て、ずっと気になってたんだ。でも、一人じゃ入りにくくてさ」
「そんなもんか? こういうカフェって、女子の方が入りやすいイメージあるけどな」
そう言いながら2人で店内に足を踏み入れた瞬間、俺はすぐにその意味を理解した。
「……なるほど、これは確かに入りにくいな」
店内は、どこを見てもカップルばかり。照明は柔らかく、店内の雰囲気もロマンチックで、まさに“デート専用空間”って感じ
だった。
「でも、今日はデートで来てるんだから……恋人ってことでいいよね?」
陽菜がさらりとそう言って笑う。その一言に、心臓が少し跳ねた気がした。
2人でテーブル席に座ると、陽菜がメニューを広げながら顔を上げて聞いてくる。
「ねえ、冬馬は何頼む?」
「いや、特に決めてなかったけど……」
「じゃあ、これにしようよ!」
そう言って指さされたメニューを覗き込む。
「“恋人とのデートに最適!ハートシェアケーキ”……?」
「そう、それ! このカフェがカップルに人気の理由って、ほとんどこれなんだって」
周囲を見渡すと、確かにどのテーブルにも同じケーキが置かれていて、皆が楽しそうに食べていた。
「……陽菜がいいなら、俺はそれでいいよ」
「ほんと? やった! すみませーん、これひとつお願いします!」
しばらくして、運ばれてきたケーキは思った以上に可愛らしかった。
ハート型の土台に、ハートのクッキーといちご。見た目だけで言えば、完全に「映える」やつだ。
「わぁ……やっぱり実物は可愛いね!」
陽菜は嬉しそうに写真を撮っていた。
「ねえ冬馬、一緒に食べようよ」
「これって分けて食べるんだよな?」
そう言いながらテーブルを見ると、そこにはひとつの大きな皿と、2本のフォークだけ。
「ううん。こういうのはね、同じお皿から一緒に食べたり、食べさせ合ったりするのがポイントなの!」
「……マジで」
驚く俺の目の前で、陽菜は一口ぶんケーキをすくい、ぱくっと頬張った。
「ん〜、甘くて美味しい!」
いつも“王子様”みたいに振る舞う陽菜が、ケーキに目を輝かせるその様子は、まるで子どもみたいで──可愛かった。
「ほら、冬馬も食べて?」
俺がフォークに手を伸ばしかけた瞬間、陽菜が先にそれを取ってしまう。
「おい、フォーク取られたら俺、食べられないんだが」
「そう、それが狙い。つまり、食べるには、私から食べさせてもらうしかないね」
そうニヤッと笑う陽菜に俺はなす術がなかった。
「じゃあ、口あけて……あーん」
抵抗も虚しく、俺は言われるがままに口を開ける。
甘いクリームとふわふわのスポンジ。そして、陽菜の笑顔。
──正直、ケーキの味なんて、よくわからなかった。
「ど? 美味しかった?」
「ああ……美味かった、いろいろな意味で」
「ふふっ、じゃあ次は僕の番ね」
そう言って陽菜は自分の口を開け、待っている。
「……ほんとにやるんだな」
「当たり前でしょ、ここまできたら最後まで!」
俺は苦笑しながらフォークでケーキをすくい、そっと陽菜の口元に運ぶ。
「はい、あーん」
「……ん、美味しい。うん、さっきよりもっと甘いかも」
陽菜はそう言って笑った。その笑顔は、どこか照れくさそうで、でもとても嬉しそうだった。
こんなデート、俺の人生にはなかった。
けど、悪くない。むしろ、すごく、良い。
心の奥にほんのり残る甘さは、ケーキのせいだけじゃなかった。
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