第21話 再会

教室に戻った俺のスマホが、机の上で小さく震えた。

画面を見ると、姉さん──千秋からの着信が入っていた。

(冬馬!体育祭来てるよ!それと、お客さんも連れてきたから!)

(だから、絶対に陽菜ちゃんも連れてきてね!)

姉さんが体育祭に来るのは想定内だった。けれど、「お客さん」という言葉が気にかかる。

誰だよ、その"お客さん"って──

昼休み、俺は陽菜を探して校舎裏のベンチで声をかけた。

「なあ、陽菜。姉さんが来てるって連絡あってさ、ちょっと顔出してくれって」

「千秋さんが? ……ふふ、やっぱり来てたんだね。相変わらず元気だなぁ」

「ただ……"お客さん"連れてきたらしくてさ」

「お客さん……?」

陽菜は不思議そうに小首をかしげたが、その表情にまだ余裕はあった。

俺たちは並んで、人混みの中を抜けていった。

そして、姉さんを見つけた。校庭の隅、木陰のベンチに座る彼女の隣に──

サングラスをかけた男がいた。

「姉さん、陽菜連れてきたよ。っていうか、その“お客さん”って……」

そこで俺は言葉を止めた。陽菜の様子が明らかに変わったのが分かったからだ。

……うそ……」

陽菜の声が震えた。目はサングラスの男に釘付けになっている。

……お父さん……?」

男がゆっくりとサングラスを外す。

テレビで何度も見た顔。陽菜の父親であり、名の知れた俳優・高碕 彰だった。

……久しぶりだな、陽菜」

その言葉に、陽菜の全身がピクリと反応する。

「どうして……どうして今日、来たの?」

「仕事が思ったより早く終わってな。たまたま時間が──」

「違う! 私が聞きたいのは、そこじゃない!」

陽菜の声が一気に強くなる。

怒り、混乱、悲しみ……それらが一気に溢れて、言葉になっていた。

「どうして今まで会いに来てくれなかったのに、他の人に呼ばれたら来るの!?

私が何度もお願いしても、ずっと無視してたのに!

なのに今さら“父親”みたいな顔しないでよ……!」

その言葉に、彰さんは言葉を失い、ただ俯いたままだった。

……すまない、陽菜……」

……聞きたいのは、そんな言葉じゃない!」

陽菜の声は震えていた。だけど、目はしっかりと父親を見ていた。

そのまま陽菜は俺たちの前から走り去っていった。

「陽菜!」

追いかけかけて、でも俺は立ち止まった。

今は、たぶん……彼女に時間をあげたほうがいい。

気まずい沈黙が流れたあと、彰さんが俺の方を向いた。

「君が……陽菜の友達かい?」

「あ、はい。クラスメイトの冬馬って言います」

「ああ、冬馬君。君のお姉さんから、よく話は聞いているよ」

「姉さんとは……どんな関係で?」

「仕事でね。舞台用のメイクを頼んでいて、そこからプライベートでもいろいろ話すようになったんだ」

……まさか、それが陽菜の父親だったとは、思いませんでしたけど」

彰さんはふっと微笑んだ。でもその笑みは、どこか寂しげだった。

「驚かせてしまったね。少しだけ……君と話せるかな?」

俺は黙って頷き、彰さんの隣に腰を下ろした。

彼の目を見た。

あれだけテレビで見ていた“スター”の瞳は、思った以上に、普通の父親のそれだった。

どこかに後悔と、寂しさと、それでも陽菜を想う気持ちが、確かに滲んでいた。

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