第17話 台風のような訪問者

リビングの扉がガチャリと開き姉が姿を現す。

「冬馬、ただいま〜ちゃんと生活できて、、えっ」

姉が驚くのもしょうがない。

なんせ、弟が知らない女子2人を家に連れて夕食の準備をしているのである。

「冬馬、、あの2人は?」

姉は正直驚いて固まってしまっていた。

「ああ、俺の高校の友人で、今日は夕食を作るのを手伝ってもらったんだよ」

「へっへ〜」

「「お邪魔してます、、」」

姉の視線が俺の背後にいる夏希と陽菜に向けられる。彼女はしばらく無言で2人をじっと見つ

め、それから俺に視線を戻した。どこか呆れたような、でも若干引きつったような笑みが浮かぶ。

「……高校の友人ねぇ。ふぅん」

「ちょっとちょっと、そのふぅんって何!?絶対なんか含みあるよね!?」

夏希が一歩前に出て、姉にツッコミを入れる。

「いえ、別に。ただ、うちの弟が女子を2人も家に連れ込むなんて前代未聞だから、びっくりしてるだけよ」

「姉さん、連れ込むって言い方やめてくれ……」

姉は一度ため息をついて、それからキッチンの様子を覗くように部屋の奥に進んでくる。


調理台に広がる餃子の皮、キャベツの切れ端、ニラの香り。その場面を見たからか姉の表情が

和らいだ。

「まあ……確かに健全ではある、かな」


「でしょ?俺だってちゃんと普通の生活してるんだよ」


「普通の生活って、かわいい女子2人に囲まれて料理されることなの?」


「いや、今日は特別ってことで……!」 


(かわいいか〜)陽菜はと夏希は心の中でよしっとガッツポーズをする。


「ああ、ごめんね2人とも、うちのバカな弟が迷惑かけて」


「いえいえ」


「ああ、言い忘れてたけど、私は綾井千明(あやい ちあき)よろしくね」


「僕は冬馬と同じクラスの高碕陽菜です」


「私も同じく、クラスメイトの淵本夏希です」


「夏希ちゃんと、陽菜ちゃんね」


そう言って姉は荷物をソファーに置き、服の袖を捲り始めた。


「本当はこっちに置き忘れてた、書類取りに来ただけだったけど、私も参加しようかしら」


「姉さんもするのかよ」


「あら、私がいたらまずい?それとも、この後楽しむからいない方がいいのかしら」


姉さんの含みのある笑いに、俺は頭を抱えたくなった。

「いや、別に……そういう意味じゃないけど……」


言い訳のようにぼそぼそと言うと、姉はにやりと笑う。

「ふふ、ならよかった。じゃ、具を包むところからでいい?」


「あ、はい!人数多いほうが楽しいですし!」


陽菜が慌ててフォローするように笑顔で答えた。

夏希も負けじと、

「包みながらおしゃべりとか、女子っぽくていいですよねっ」


と張り切って返す。


「うんうん、じゃあ私、あんまり出しゃばらないようにするけど、手際よくやるから安心してね〜」


姉はそう言って、手際よく餃子の皮を取り出し、慣れた手つきで具を包み始めた。

手元を見ながら口元には軽い笑みを浮かべている。けれど、ちらちらと俺たちのやり取りを観察

しているのは見逃せなかった。

「……ねぇ、冬馬って、こういうの得意だったっけ女子と話を盛り上げること?」


「いや、俺はただ巻き込まれてるだけで……!」


「へぇ〜? そうは見えないけどね〜」


姉がからかうように言うと、夏希がむくれて声を上げた。

「千明さん!さっきからちょっと煽り気味じゃないですか?」

「だって楽しいじゃない。弟が女子に囲まれて動揺してる姿なんて、そう見られないもん」

「お姉さん、絶対Sでしょ……」


「まあ、姉はね。誰しも弟がいると苦しめたくなるのよ。まあ、そんな冗談は置いておいて」


姉は少し真面目な顔になって、手を止めた。

「こうやって誰かと一緒にキッチン立ってる冬馬、初めて見たから……ちょっとだけ安心したわ」

「え……」


「今まで本当に一人で、全部自分で片付けて、誰にも頼らないで生きてる感じだったからさ。

こうやって笑って、誰かに囲まれてるの、悪くないじゃない?」


その言葉に、

一瞬空気が静かになった。

「……まあ、たまにはな」


ぽつりと俺が返すと、夏希と陽菜がふっと笑った。


「冬馬、案外かわいいところあるもんね」


「うん、そういうとこ、わりと好きだよ」


「なっ……ちょ!」


俺の少し赤くなった顔を見たからか3人は笑っている。


「ふふ、じゃあ私は餃子の焼き担当でいいかな?せっかく来たんだし、3人はお話楽しんでて!い

い感じに焼いてあげるから」


「お願いしていいですか!?焦げるのがちょっと怖くて……!」


夏希がすぐさま食いつくように頼み込み、陽菜もそれに続く。


結局、姉はすっかり中心メンバーになり、4人での餃子作りは一気に賑やかになった。


包みながら、焼きながら、誰かのミスに笑い声が上がる。


いつもは静かな部屋が、今夜ばかりはまるで家族みたいに温かく感じられた。

そんなこんな話しているうちにキッチンから焼けたいい匂いがしてくる。

「さあ、焼けたよ」

そう言って姉は皿に餃子を移した、

「じゃあ食べようか」餃子がテーブルに並び、みんなが箸を伸ばし始める。外はカリッと、中はジュワッと――なかなかの出来栄えだ。

「いただきまーす!」


「ほら、ちゃんと味わって食べてよね」

陽菜が少し得意げに言う。

「……うん、普通にうまいな、これ」

そう口にすると、姉も頷きながら頬張っていた。

「あ、これ中にチーズ入ってる。夏希ちゃんがやったの?」

「ふふ、そうだよー

。ほら、味変ってやつ」

「なるほどね、これはこれで……」

俺が納得しかけたその時だった。

 ……ん? ……!? か、辛っ!?」

俺が突然むせながら咳き込む。水を一気に飲み干しても、口の中がヒリヒリする。


「ど、どうしたの冬馬!?」


「か、辛い、、!なんか、やばいもん入ってる!!」


「えっ、そんなの入れてないよね!?」と陽菜が慌てる。

夏希が不思議そうに眉を寄せて一口で餃子を食べ終わり、目を見開く。 


「あっ……2個くらい面白半分で冷蔵庫あった辛子入れたやつかも……」


「ちょ、マジで!?」


「ご、ごめんっ!しかもその餃子、冬馬の皿にだけ……!」


姉が笑い出す。「なにそのロシアンルーレットみたいな餃子……最高!」


「けど、これはこれでアリじゃない?」


夏希がにやっと笑う。


「いや、アリじゃねえよ!! 舌が死ぬかと思ったんだぞ!」


その場は笑いの渦に包まれる。陽菜は食べるのが怖くなったんだけどと愚痴をこぼし、夏希に軽

くツッコミを入れつつも、楽しそうだった。

「多分、辛いのは1個のはずだから。次、辛い餃子食べた人が後片付けね」


そう夏希が言うと姉さんがすぐに乗ってくる。

「いいね〜!冬馬、食べないとわかってるわよね」

「なんで、俺がそんな、当て馬にされなきゃいけないんだよ」


そう姉さんに呆れながら口に入れた餃子からまたさっきのような痛みがした。

(また俺かよ〜)

水を含みなんとか和らげようとするが、なかなか治らずに咽せてしまった。

3人はそれを見て少し、面白いような顔で見てくる。

「冬馬、運がいいね〜」

「大丈夫かい?水足りる?」

俺はその後口の中が熱いまま餃子を食べた。

まあ、味はわからなかったけど。

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