第11話:伝説の武将と美しき幻獣

 京都府宇治市.

 平等院鳳凰堂が、

 静かに池に映る.

 織田梓(おだ あずさ)は、

 スケッチブックを抱え、目を輝かせた.

「美しいものには、必ず真実が宿ります」

 口癖が、自然とこぼれる.

 彼女は、宮内庁に勤める、

 古典美術修復士だ.

 今日は、かねてからの念願.

 推しである源頼政ゆかりの地.

 平等院鳳凰堂と鵺(ぬえ)池を、

 初めて訪れた.


 今日の推しは、源頼政.

 平安末期の武将だ.

 特に、伝説の妖怪「鵺」を退治した.

 その逸話に秘められた「美学」に、

 梓は強く惹かれていた.

 頼政は、彼女にとっての「真の芸術家」だ.

 鳳凰堂の荘厳さに感動しつつ、

 梓の心は、すでに鵺池へと向かう.


 鵺池のほとりへと歩み寄る.

 伝説が生まれた場所.

 水面は、静かに波打っている.

 頼政が鵺を退治したとされる場所.

 そこに立つ小さな石碑に触れた.

 ひんやりとした石の感触が、

 指先から伝わってくる.


 その瞬間だった.

 風景が、まるで映画のように脳裏に流れ込む.

 頼政が感じた感情だけが、胸に焼きついた.

 声はない.

 音もない.


 ――そこは、夜の京都御所.

 不気味な鳴き声が響き渡る.

 人々は恐怖に震えている.

 老いた源頼政が、弓を構える.

 彼の表情は、険しい.

 だが、その瞳には、

 民を守ろうとする、

 強い責任感が宿っていた.

 幻視は、頼政の孤独を見せる.

 皆が恐れる未知の脅威に、

 一人、立ち向かう姿.


 幻視は続く.

 鵺と対峙する頼政.

 放たれた矢は、見事、鵺を射抜く.

 しかし、喜びは一瞬だ.

 老齢の身で、

 なおも戦い続ける頼政.

 武士としての矜持.

 そして、源氏の誉れを守る重責.

 病に侵されながらも、

 彼は最期まで戦い抜いた.

 その胸中に、葛藤はあったのだろうか.

 理想と現実のギャップ.

 それが、梓の心に深く流れ込む.

 梓は軽い目眩を覚えた.


 幻視から覚めた梓は、

 しばらく石碑に手を置いたままだった.

 頭がくらくらする.

 源頼政は、

 教科書に記された英雄だけではなかった.

 そこには、一人の人間としての、

 深い苦悩があった.

 その真実に、胸が締め付けられる.

「…なんて、複雑な美しさ…」

 梓の口から、小さな呟きが漏れる.

 彼女の芸術観が、

 大きく揺さぶられる.


 鵺池のほとりで、スケッチを続ける.

 幻視で見た頼政と鵺の姿を、

 自分なりの「美」として表現したい.

 集中して筆を走らせていると、

 大切にしている絵具箱が、

 うっかり池の縁に引っかかってしまう.

「あら、困りましたわ…」

「美しい色が…」

 慌てて手を伸ばすが、

 箱はバランスを崩し、池へと落ちてしまう.

 水面に広がる、鮮やかな絵具の色.

 最悪の事態に、梓は言葉を失う.


 すると、近くを散歩していた地元のおばあさんが、

 さっと近づいてきた.

「あらあら、お嬢ちゃん」

「大変なことになったねえ」

 そう言って、タオルを差し出す.

 おばあさんは、水面に広がる絵具の色を見て、

 ふと微笑んだ.

「その絵の具、まるで鵺の色みたいだね」

 梓は驚いて顔を上げた.

 おばあさんは、優しく語り始めた.

「頼政公が鵺を退治した本当の理由はね」

「単なる退治じゃないんだよ」

「あれは、人の心の闇を鎮めるためだったと」

「昔から、この地では言い伝えられてるんだ」

 頼政の行動に込められた「美」の真髄.

 伝説の奥に隠された普遍的な意味.

 それが、おばあさんの言葉で語られる.

 梓の芸術観が、深く、広く深まる.


「美しいものには、必ず真実が宿ります…」

「推しが単なる武将ではなく」

「心をも鎮める美しき存在だと知れて、感銘を受けましたわ」

 梓の顔に、柔らかな光が灯る.

 トラブルがきっかけで、

 推しが持つ「美」の真髄と、

 伝説の奥に隠された普遍的な意味を知る.

 自身の芸術観が深まる.

 胸に満ちる、新たな高揚感.


---


次回予告


宇治の鵺池で、源頼政の真の美学に触れた梓。彼女の芸術観は、伝説の武将を通じて、さらに深みを増したようです。推しが単なる武将ではなく、心をも鎮める美しき存在だと知れて、感銘を受けました。


さて、いよいよ最終話。これまでの歴女たちが、それぞれの場所で、推し活を通してどんな未来を描くのでしょうか? 彼女たちの「推し」への愛が、きっと皆さんの心にも響くはずです。


---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る