第3話 街を目指して…
わたくし、不知燈汰(しらず・とうた)は突然に異世界へと転生させられた。
見知らぬ森の中で目覚め、現在は安全地帯を求めて、地図を参照しながらボロの街という場所を目指している最中である。
「はぁ…結構遠いな。」
地図で見る限り、そう遠くない距離に思えた街までの距離。
ただ実際に歩くとその予想は、悪い意味で裏切られた。
この異世界へと転生してから、そもそも身体も小さくなっているのだ。
当然、歩幅が小さくなっていることにもしばらくして気づいた。
「俺…そもそも高校に入ってから身長が伸びたんだよなぁ…」
おそらく、今の身長は165cmあるかないか。そこからわかる年齢は15歳くらい。
大人になってから180cmを超えていたことを考えると、身体に違和感を覚えるのも無理はない。明らかに設定ミスである。
これなら、大人の方が良かった。
なんでこんなわけのわからない状況ばっかりなんだ?
それにしても…
「これ、やっぱり身体能力も普通の人間じゃないか?メチャきつい…はぁ。
何がスキルだよ…身体も強化されてこんな道も楽々!とかじゃないのか。
今のところ、言語変換能力以外は何もないただの人間だぞ。
これマジですぐに死んじゃうんじゃないか?
そもそも、俺なんでこんなところにいるんだよ。
異世界に転生できるなら天国とかも行けたんじゃないの?
いやさすがにそんな胸を張って良いことなんてしてないか。
……あれ、俺ってこんなに独り言が多いタイプだったっけ。」
舗装されていない道での徒歩、見知らぬ土地でのストレス…想像以上に息が上がる。
森を出た直後は、ここ以上に道が舗装されておらず歩きづらかったので、本気で引き返そうかと思ったくらいだ。
その影響か、愚痴も止まらない。
実際に、この異世界とやらは土地も広大ときた。
見渡す限り、建物らしい建物は進行方向に小さく見える目的地、ボロの街だけである。
周囲は完全に平野で、道は歩けるものの整備されていないと、足がフラついて正直かなりキツイ。
そう考えると、現代日本の舗装されたアスファルトは来賓を迎え入れるためのレッドカーペットのように思えてくる。
今更ながら、工事関係者の皆様に感謝したい気持ちである。
それにしても、俺ってこんなにすぐに焦ったりイラつくタイプだっけ。
独り言なんて呟くタイプでも無かったのだが…。
自己評価としても、【腹が立っても独りで飲み込んで処理できる人間】だったのに。
そりゃ中身は30歳だし。あのブラックな環境を生き抜いてきたわけだし。
時々、誰もいない夜の河川敷で大声を出したり走ったり奇行は働いていたが。
それでも、誰にも迷惑はかけていない。多分。
なんか精神まで退化してしまったのだろうか。自分への違和感がとてつもない。
いや、考えすぎか?
いきなりこんな状況になると、誰でも少しはパニックになるかもしれない。
うーん…。
ただ、せめてもの救いが、気候が日本と近かったことである。
これで灼熱あるいは極寒の地だったのなら、寒行と護摩行を勤しんだ空海も逃げ出していたことだろう。無理なものは無理なのである。
幸いなのは、警戒していたモンスターやら盗賊みたいなのが全然いないことだ。
もしかして、この世界って実は安全なのでは?
しかし、こんなロクでもない道を行って地図を作れた人は凄いと感心する。
おかげで一直線に街を目指せる。
齢50歳を超えて地図作りに貢献した伊能忠敬がこの異世界に転生していたら、間違いなく同じように偉人になっていたはずである。
…とどうでも良い事を考えて気を紛らせながら、さらに小一時間は歩き続けた。
そして、ようやく街と入口が見えてきた。
地図に描かれていたボロの街である。
ここまで来ると、入口にも何人かの現地人が歩いているのが見える。
なんてことはない、俺と同じ普通の人間だ。
あれ、誰かがエルフやドワーフみたいなのがいるって言ってなかったっけ。
「おぉ…!」
入口から少し離れた場所で、街の大きさと外観を確認する。
街の周囲には外壁があり、街一帯を取り囲むように建設されていた。
ビル1棟分の高さにもなろう壁が、遠くまで続いている。
街の入り口から多少なりとも中は見えるのだが、大層な城とかは無さそうに見えた。
ごく普通の中世の街である。
ただそれにしても、壮観。
外壁は、単なる侵入者防止のための機能なのかもしれない。
実際に壁の上に大量の兵士が常駐している…なんてこともない。
昔、この壁を立てないといけない理由があったのかな。
この街の周囲に大量のモンスターが実は湧いている…とかだと最悪なのだが。
それより、当面の問題は入口である。
なぜなら門番が見える。
銀の甲冑を着て剣を携えている兵士2人。
怪しい者をチェックしているのだろうか。
果たして言葉が通じるのか?
最初の課題はそこだ。
この世界の文字は、自動変換機能のように勝手に翻訳されて理解できるようになっている。
理由は全くわからない。
ただ、人から発する言葉が同じようにそうだとは限らないのだ。
試しに、入口付近で歩いている現地人の話を盗み聞きでもしてみようかな。
あと転生した時に、生活必需品と見られる身分証明書らしきカードも持っているが、これも通用するかどうかは定かではない。下手をすれば、捕まって即牢屋…とかになる可能性もあるのでは?
そうなったら、早々にジ・エンドである。
まぁでも、考えていても仕方がないか。
実際に、かなり歩いたからかそろそろ日暮れも近いし、何より疲れた。お腹も空いた。
このまま目覚めた森に帰ったとしても、到着するのは夜だろう。
真っ暗なあの場所で、いったい何をすればいいのだ。
万が一、あの場所でキャンプファイアーができたとしても、寄ってくるのは子どもではなくおそらく正体不明のモンスターとかである。
なぜモンスターと踊らなくてはならないのか。
そもそも、大前提として俺には異世界に来た目的も使えるスキルもわからないのだ。
だいたい、この世界がどういう状況なのかもわからない。
情勢も何も知らない。俺が食える食べ物があるのかすらわからない。
持っているお金のようなコインらしきモノも使えるかすらわからない。
トイレもお風呂もない。
このままだと、臭い若者が異世界の平野のド真ん中でウンコを撒き散らす羽目になるのだ。
こんな状況で、生きていけるわけがないのである。
ここまで歩いていてもよくよく理解したが、俺の中身は明らかに普通の人間である。
まずは拠点を見つけないことには何も始まらない。
……よし。
覚悟を決めて、牛歩のように恐る恐るボロの街の入口に向かって歩き始めた。
「止まれ。」
野太い兵士の声に、俺の覚悟は約3秒で終わりを告げた。
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