第2話 いざ、異世界の地へ

わたくし、不知燈汰(しらず・とうた)は、突然にして異世界へと転生した。

転生前の年齢は30歳、ブラックな環境で10年以上も働き続けた会社員である。

転生後は、肉体年齢が15歳くらいに若返っている。


ただ転生した…というよりかは、転生させられたと言った方が正しいのかもしれない。

理由はわからないが、そんな気がする。

しかも、転生した目的も持っているスキルも何も覚えていない。

こちらもわかっていない…というよりも、忘れてしまったと言った方が良い。

実際に、ここに来るほんの少し前までは覚えていた気がするのだ。

誰かから伝えられた、何か重大な目的やスキルの数々を。


何故だかわからないが、そういう内容とおかしな使命感だけは頭に刻み込まれている。

正直、妙な気分である。


そういうわけで、現在はその転生先の森の中。

いわゆる、スタート地点である。


正直、わけがわからない状況であることに違いはない。

ただ、唯一救いだったのはある程度動ける若い肉体であることと、裸ではなかったことだ。

森の中で裸のオッサンが寝ていたら、おそらく異世界であっても事件である。

周囲の明るさからして、時間はまだまだ昼間だ。


服装は、転生前に来ていた黒のレインコート。

そして、白を基調として金色のストライプが入っているジャージ…

つまり、俺の寝間着である。

ただ、サイズが今の自分に合うように調整されていた。

いる?この気遣い。

それなら、もっと他の服あっただろ…。


寝ていたすぐ側に、小さめのポーチが落ちていた。

中を見ると、どうやらこの世界の生活で必要な小道具らしい。

何かの紙きれ、カード、コインのようなものがいくつか。

他にもあるが、しかし…。


「なんて書いてあるんだ…これ。」


当然である。異世界の言葉なんてわかるわけない。

だが、その中の紙きれを見ていると…


「ん…あれ?」


何故だか読めるようになってきた。見ていると、異世界言語が勝手に日本語変換されていくような感覚である。


「なるほど…これ地図だな。」


もしかしたら、これって何かのスキルなのかな。便利と言えば便利だが。

しかし異世界に来て得た能力が【地図を読む】って、あまりにも酷すぎる。

試しに、他の文字も見てみることにする。

確か、カードもあったよね。


「えっと…あぁやっぱり読めるな。良かった。」


どうやら、俺が授かったスキルは【地図を読む】ではないらしい。


「で、これなんのカードなんだ?

名前…シラズ・トータ。

出身…ニホン。

番号が……。」


あぁ、これおそらく身分証明だ。

この世界で生活していくのに、こういうのが必要なのか。

江戸時代の通行手形みたいなもので、現代版のパスポートのようなものである。

そういう意味では、交通網や国家間の交流はそこそこ発展しているのかもしれない。

ただ、このカードやたらと文明的な気がするのだが。

明らかに金属のようなものを加工して作られている。


「こうなると、多分コインはお金だな。」


金、銀、銅っぽい3つの丸いコインに、薄い直方体の黒っぽい物体が大小いくつかで入っていた。これで金勘定をするのだろう。多分。

しかし、金色のコインの数がやけに少ないな。


「さで、これからどうしよう…。」


問題はそこであった。

元々、この異世界に転生させられたのは何かしらの目的があったからこそ…なはず。

しかし、その目的とやらが皆目見当もつかないのだ。

しかも、確かこの世界はファンタジーで魔法やら何やらが使える、と誰かが言ってたような気がする。うっすら覚えている。

そんな世界をお気楽に闊歩していたら、アッサリと息絶えてしまうのではないか。

モンスターとかいそうだし。


そもそも、自分にはどういう力があるのかもわからない、ときた。

転生前、確かに誰かから素晴らしいスキルを与えられたような気がしたのだが…。

それでモンスターを打倒したり、あるいは素晴らしい知力を使って異世界攻略ができるのだろうか。


いやもしかしたら、なんのスキルもない可能性だってある。

そうなると、身体能力なぞ普通の日本人と変わらない。

まさしく、モンスターからすると餌が自分の口に入ってくるようなものである。


そう考えていると、やけにこの森に恐怖感を覚えるようになってきた。

風が木を揺らし、森が悲壮に鳴いているようにも感じる。

本当に安全なのかここは?


「と、とりあえず…周辺に街がないか調べよう。」


目的だとかスキルだとかは、とにかく安全な場所を見つけてから考えた方が良い。

死んでしまったら終わりなのだから。

何故だかわからないけど、今の状態で死ぬと俺は天国に行けない気がする。

何故だかわからないけど。


地図を見ていると、自分の現在地らしい場所がわかった。

というか、地図上に森らしいところが1つしかないのだ。しかも、そんなに大きくない。

そして、その森から歩いて数キロ程度のところに街らしい場所がある。

ボロと書いてある。ボロの街…で良いのかな。

ボロボロだから…とかそんな親父ギャグみたいなことじゃないよね…。


「しかし、これどっち方向に歩けばいいんだ?

街は北だけど、下手すりゃ迷子で詰みだぞ。」


一応、太陽は見えるけど地球みたいに東から昇って西に沈む…とかあるのだろうか。

ボヤいていると、地図上の森に小さな赤いマークがあることに気づいた。

試しに、100mくらい歩いたら、やっぱりそのマークも一緒に細かく動いていた。

これ俺か?

なんという親切設計。どういう仕組みなのだろうか。

しかし、これなら行けるかもしれない。


面倒だが、四方を歩いてどの方向が正しいか確認するしかない。

ちょっと怖いが。かなり怖いが。


そうして、俺は地図上に描かれているボロの街を目指すのだった。

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