その翡翠き彷徨い【第47話 997年、春雷】

七海ポルカ

第1話

 997年。


 エデン西部の街――メイルーサ。



 南に西部最大の商業都市サラグリアが位置するため、メイルーサはその内陸サラグリアへ、マルメからの航路から届けられた物資が中継される重要地点の一つである。

 メイルーサより北西にあるガルドウーム王国は【有翼の蛇戦争】以来、事実上の内紛状態で国内状勢が不安定であり、その周辺付近の治安も非常に悪い。


 前はガルドウーム西の航路が盛んだったのだが、現在その航路は海賊達が横行しているため、大陸ギルドが推奨する交易路からは外されてしまった。


 その訳あってサラグリアへの交易路は、最近ではもっぱら陸路となり、中でもこのメイルーサ、東のフェリシアン、その更に東のビトリアの三つの街が中継都市を担う。


 フェリシアン、ビトリアは比較的サラグリアや南部アレンダール王国の貴族階級が移り住み、新しい貴族街を造り上げているため警備の行き届いた街だが、その中でメイルーサだけは、今だに貧民街に公的規制の入らない歓楽街などが形成されていて、治安はあまりよくなかった。

 

 しかしそれ故にこのメイルーサは来る者を拒まず、日々姦しく商業都市としての賑わいを見せるのだった。



◇   ◇   ◇



 メイルーサの歓楽街である。


 狭い通りに面して食物屋から衣服、武器防具、酒場、宿、娼館と競うように軒を連ねている。

 その中でも北の地区は娼館街として知られ、今宵も店先に着飾った女達が、街行く男達に誘うような視線を送っていた。

 金髪の女、肌の白い女、黒い女、眼の青い女、ここにはありとあらゆる容姿の女が存在している。

 西部三大神教の一つ、アレンダール神教の神官服姿の女がローブの裾を捲り上げて、白い太腿を露に妖しい笑みを浮かべていた。

 旅人だと一目で分かる若い男達が、珍しそうに彼女の周囲を囲み囃し立て、笑い声を立てている。

 眠らぬ街として有名なメイルーサの夜は、今宵も細い三日月の下で蠢き続けていた。


 フェリシアンとビトリアでは正式に禁止されている娼館も、メイルーサでは堂々と入り口に花と明かりを飾って営業している。

 サラグリアへ向かう旅人達はこうして、名も無き女達と一夜の快楽に酔いしれるのであった。


 メイルーサ娼館街にある娼館の一つ『碧眼邸』。


 エデン北部の人間に多い特徴である、青い目の女を揃えているため、この呼名がついた娼館である。

 建物内も青白い明かりを灯して、白と青の花や装飾品に統一してある。

 装飾品の調度が示す通り、ここは比較的質の高い娼館の一つであった。

 今宵も客の出入りは多く賑わっている。隣接した酒場で客引きの女が次々にここへ男を連れて来るのだ。

 酒場で流れる音楽は朝まで止むことは無い。

 そして屋敷内で男と女が興じる声と気配も。

 屋敷のあちこちで熱が灯り、昇り詰め、弾けて行く。


 ここにはそれを咎める者もいない。


 信仰心も無い。

 自尊心も無い。

 ただ欲望のままに淫靡に戯れるだけの――。



 人間の成れの果て。




(ここも闇の淵だ)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る