第16話:冷蔵庫神フリーオと、保存という名の孤独

家の中心で、黙して食を守る神がいた。


深夜、トイレに起きたついでに台所を覗く。

青白い光がぼんやりと台所を照らしていた。


冷蔵庫の灯だ。


「……また来たのか、人の子よ。」


「……しゃべったな。ついにお前もか。」


「我が名は“フリーオ”。

 冷蔵庫神にして、食の守護者。

 眠らぬ王として、この家に滞る命を守り続けている。」


「……なんか格が違うな?」


「当然だ。お前が眠っている間も、

 私だけは目を閉じぬ。

 冷気を張り巡らせ、食材の命脈を延ばし続ける。」


冷蔵庫神フリーオは、どこか孤高だった。


トースター神やレンジの勇者は軽口を叩き、

炊飯器のホマレやコタツ神ユカタは人懐っこい。


けれどフリーオは、ただ黙々と冷やし続ける。


「私にとって最大の賛辞は、“何も起こらないこと”だ。

 庫内が黴びることも、腐臭が満ちることもなく、

 ただ冷たくあり続ける――それこそが我の誇り。」


「……地味に見えて、すごい仕事してるんだな。」


「その言葉、少し嬉しいぞ。」


冷蔵庫の中を覗く。

野菜室の小松菜、チルド室のベーコン、ドアポケットの牛乳。


どれも静かに並んで、フリーオの冷気に守られていた。


「だが……この庫内にはもう一つの側面がある。」


「……なんだ?」


「ここは孤独を保存する場所でもある。」


「孤独……?」


「食べられなかったケーキの残り。

 飲みかけのペットボトル。

 開封されたままの調味料。

 それらは全て、お前の“忘れ物”だ。」


言われてみれば、奥には干からびたチーズや

いつのか分からないタレのパックがあった。


「……悪いな、処分さぼってて。」


「それもまた人の営み。

 だが、忘れられたものが冷気の中で

 ひっそりと時を過ごす姿は、私にとっても寂しいのだ。」


「お前……寂しいとか感じるんだな。」


「私は神だが、庫内を満たすのは食材だけではない。

 人の暮らしの匂い、少しの期待、少しの後悔――

 そういうものを全部抱えて、今日も冷やし続ける。」


しばらく冷蔵庫の前で黙っていた。

扉を閉じると、フリーオはわずかに言った。


「……また明日も、新しい命を入れてくれ。」


「ああ。今度、ちゃんと片付けるからな。」


「それだけで十分だ。」


冷蔵庫の灯がふっと消え、

キッチンは静寂を取り戻した。


だが、そこには確かに――

孤独を抱えつつも黙って冷やし続ける王がいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る