第10話 現在の力でE級は


 ホーンラビットとの戦闘を皮切りに、俺は森の中を慎重に進んでいく。


 敵の出現頻度は高くないが、一定間隔で姿を現す。現れるのは、いずれもF級と呼ぶに相応しい魔物ばかりだった。


 羽音を立てて襲いかかってきたのは、小型の昆虫型魔物──クレセントビートル。

 硬質の翅を震わせながらこちらへ飛びかかってくるが、敏捷に振った身体がすぐに反応する。


「──っ!」


 突進をかわして踏み込み、短剣で撃ち落とす。

 甲殻は固いが、刃は通る。筋力を高めた分の恩恵が、確かに実感できた。


 スライム、ホーンラビット、クレセントビートル。

 いずれも脅威ではない。だが、油断できない。


 静かな森の中、敵の足音に耳を澄ましながら、慢心せず着実に討伐を積み重ねていく。

 落ち葉の上を踏みしめるたび、かすかな音が耳に残った。


(いたっ!)


 視界の端で葉が揺れた。反射的に身体を沈める。

 飛びかかってきたのは、クレセントビートル。


「せいっ……!」


 その飛翔を回避し、跳ね返すように短剣で叩き落とす。

 魔石を拾い上げてリュックの中へ。


 それからも、俺は戦い続けた。

 森のなかを進み、気配を感じ、現れた魔物を倒す。


 ホーンラビットが跳ね出てくれば、躱して一撃。

 クレセントビートルが飛びかかってくれば、踏み込んで刃を通す。


 また一体。次の一体。


 それでも森は静けさを保ちつつ、魔物は絶えず現れた。

 集中力を切らさないよう、心を無にして繰り返す。

 振る。避ける。刺す。引く。息を整える。


 体の動きが洗練されていくのが、自分でもわかった。

 肩の入れ方、踏み込みの深さ、刃の角度──

 わずかな改善が、次の一体の討伐を確実にしていく。


 ときに苔の斜面で足を滑らせ、枝に刃を引っかけ、それでも手を止めなかった。

 やがて──


《経験値:320/320》


 胸の奥がじん、と熱を帯びる。

 身体の芯から、ゆっくりと光が立ち上がるような感覚。


(……きた)


 魔導書を開かずして、確かにわかった。

 またひとつ、自分が前に進んだということが。


《レベルアップ》の表示が、感覚から少し遅れて眼前に現れる。

 俺は深く、静かに息を吐いた。


《Lv:6》

《経験値:0/620》


HP:50/50

MP:35/35

【能力値】

筋力 :23(+10%)

耐久 :16

敏捷 :31(+10%)

知力 :16

魔力 :17(+10%)

器用 :16

運  :16


獲得スキル

《敏捷up(小)》《筋力up(小)》《魔力up(小)》


 ステータスポイントの振り分けはこれまでと同じく、筋力に1、敏捷に2。


 スキルポイントはとりあえず保留。

 現状、ステータスのゴリ押しでF級ダンジョンなら問題なさそうだからだ。

 派生したスキルに五属性の魔法。獲得したいスキルがとにかく多いから、まずはダンジョンを周回してポイントを複数貯めてから考えたい。


(それにしても……)


 こうして戦ってみると、やはり《敏捷》と《筋力》の補正は大きい。

 行動の一つひとつが軽快になり、攻撃の手応えも明らかに変わっていた。


 しばらく魔導書のステータスを眺めたあと、俺は気を引き締める。


(この奥には──ボスがいる)


 森の中をさらに進むと、木々の密度が徐々に薄くなっていく。

 すると視界が一気に開け、目の前にはぽっかりと広がった空間が現れた。


 他とは違う。そこだけ、異質な気配が漂っている。

 足を踏み入れた瞬間、風が止まった。


 広場の中央にいたのは、一体の魔物。

 銀灰色の体毛をまとい、体格は一般的な狼を遥かに上回っている。

 鋭く光る双眸と、背に逆立った毛並み。その全身から、殺気が迸っていた。


(……シルバーウルフ。E級……か)


 前回のスケルトンとランクは同じ。

 気を付ける点は、鋭利な爪と剥き出しとなっている牙。

 だが、スケルトンのような生物の枠から外れた、想定外の動きはできない。

 比較的に見れば、前回よりも対処はしやすいはずだ。


 武器を握り直し、一歩踏み込む。


 シルバーウルフの足が動いた。

 低い姿勢から、一気に距離を詰めてくる。


 速い──だが、圧倒されるほどではない。


 地を蹴って横に跳び、すれ違いざまに一閃。

 短剣が毛皮を裂き、肉に食い込む感触があった。


 唸り声。振り返ったシルバーウルフが、さらに速度を上げて追ってくる。


(二度目は読んでる)


 刃を構え、真正面から迎え撃つ。


 踏み込み、重心を沈め、相手の動きに合わせて回避──そして一撃。


 再び短剣が敵の脇腹に深く突き刺さる。

 シルバーウルフの動きが、一瞬、止まった。

 次の瞬間、膝を折り、そのまま崩れ落ちる。


 ──勝負は、あっさりと決した。


 魔石が淡く光を放ちながら、草の上に転がる。


(……E級単体なら、もう問題なさそうだ)


 俺は短剣を軽く振って血を振り払い、魔石を拾い上げる。


 ボスを倒したことで、空間の奥に光の柱が現れた。

 ダンジョン出口への自動転送装置だ。


「これで一区切り、ってことか」


 魔導書を開いてシルバーウルフの経験値を確認する。


「経験値80か……やっぱりF級の魔物とは全然違うな。早くE級ダンジョンにも行ければいいが」


 静かに呟き、俺は柱の中へと足を踏み入れた。

 空間がねじれて、視界が白く染まる。


 気づけば、そこはもうダンジョンの外だった。

 振り返ると森の裂け目は靄に包まれ、静かに閉じている。


 再び開くのは、数日後だ。


「……流石に今日は終わりだな」


 茜色に染まった空を見て、俺は踵を返す。


(最低でも、一日にF級ダンジョンを二つは回りたい)


 スマホを取り出して、周辺のダンジョンを検索する。

 F級ダンジョンは昨日と今日の場所を除いて計六つ。


「焦らなくていい……三日かけてゆっくりと行こう。その後はE級に挑戦だ」


 F級ダンジョンの周回は、まだ始まったばかりだ。



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