第6話 ひたすらに
ダンジョンの空気が、少しずつ変わってきているのを感じた。
足元を照らしていた光苔の数が減り、通路は徐々に暗くなっていく。天井も低くなり、壁の間隔は狭く、湿った土の匂いが鼻についた。
レベルアップ直後の高揚感が、次第に警戒心に取って代わる。
(ここからは、F級の中でも下層だ)
ギルドの資料によれば、F級ダンジョンは平均的に三層構造。下層には、これまでのスライムやフロッググリーンとは異なる魔物が現れる。
俺は、短剣の柄をしっかり握り直した。
──その時だった。
足元の感触が変わった。土の感触から、粘ついた何かを踏んだような嫌な感触。
瞬間、視界の端で影が蠢いた。
(──来る!)
跳ねるように飛び退くと、立っていた場所を鳥のような魔物が風を切って通り過ぎた。
折れ曲がった関節の脚。膜のような皮膚が張った大きな翼。毛の薄い黒紫の体表には、ところどころ骨のような突起が浮き出ている。
(……ウィングバグ)
F級下層に出現する蝙蝠型の姿の魔物。
飛びかかってきた一体を、俺は地を蹴って迎え撃った。
狙いすました一閃。だが──
ザクリとした手応えのあと、刃が止まった。
(……斬れない?)
骨が斬撃を受け止め、刃がめり込むようだった。スライムやフロッググリーンのように、簡単に斬る事ができない。
歯を食いしばり、角度と力を込めて再度突き込む。
ぐし、と短剣が深く刺さり、敵の翅が止まった。体がもんどり打って地面に落ちる。
息をつきながら俺は魔導書を確認した。
《経験値:5/40》
(1体で5……こいつは稼げる)
そうして息をつきながら魔導書を確認していると──ばさっと。
背後から、風を切る音が響く。
振り向くと、岩の陰から複数の影が跳び立った。
飛び交う翅の音。四、五体──いや、それ以上。数え切れないほどのウィングバグが、空を覆うように一斉に舞い上がる。
全員が、こちらに向かってくる。
(くる──!)
だが、今の俺には見える。
敏捷を上げていたおかげで、反応が間に合う。頭を低くして前転し、左右の壁を蹴って回避。空間の隙間を縫うようにして、突進を躱す。
右から迫る個体にカウンター気味の斬撃を浴びせる。
刃がめり込み、甲殻を切り裂く。重い。だが、動きは止まる。
一体、また一体。跳びかかってくるタイミングを見極め、刃を滑り込ませるように斬る。
だが、やはり思うように斬れず、刃から伝わる重みが腕にじわじわと疲労として蓄積していく。
「はぁ、はぁ……っ!」
気づけば、息が荒れていた。
全身が火照るように熱い。握っていた短剣が、ぷるぷると震える指先から滑り落ちそうだった。
そして──最後の一体を切り伏せた瞬間。
《レベルアップしました》
淡い風が体の内側を駆け抜け、重たかった四肢が少しだけ軽くなった気がした。
まるで全身の血流が整い直されたかのような感覚──それが、レベルアップの余韻だった。
俺は荒い呼吸を整えながら、魔導書を開く。
《Lv:3》
《経験値:0/80》
ステータスは各項目が2ずつ上昇し、必要経験値が二倍になっていた。0から1が10、1から2が20、2から3が40だった事を考えると、経験値は倍になっていくのだろう。
新たに得たステータスポイント3は、筋力に全振りした。
(さすがに、握力が限界だった……)
敏捷ばかり上げてきた反動が、ようやく現れたのかもしれない。短剣を握る手が震え、攻撃の精度が落ちていく感覚。あれをまた味わうのは避けたい。
今回の振り分けで筋力は【13】に到達する。
同時に獲得していたスキルポイントで新たなスキルを習得する。
(今回は……これだな)
《筋力up(小)》を習得。
スキル欄に新たな項目が記録され、筋力ステータスの横に【+10%】の表記が加わった。
そして──
魔導書のスキルツリーが、静かに変化した。
これまで独立していた《敏捷up(小)》と《筋力up(小)》が、一本の枝で繋がり、その中間から新たなスキルが派生したのだ。
その表示は、まるで木の幹から左右に伸びる枝葉のように広がっていく。
《瞬発力強化》
《体幹安定》
《踏み込み強化》
《跳躍制御》
思わず息を呑んだ。
名前を見るだけで、どれも敏捷と筋力の複合によって成り立つ応用型スキルであることがわかる。
(……《敏捷up(小)》だけじゃ、たどり着けなかったスキルたちか)
内容をざっと確認していく。
《瞬発力強化》:短時間で爆発的な加速が可能になる。回避や初撃の速度にボーナス。
《体幹安定》:攻撃時や被弾時のブレを抑え、連続行動の効率を高める。
《踏み込み強化》:一歩の移動距離と速度が向上し、間合いの管理がしやすくなる。
《跳躍制御》:跳躍中の姿勢制御と空中での動作補正。高所や複雑な足場で効果を発揮。
(どれも欲しい……)
だが今は、見るだけだ。取得にはそれぞれスキルポイントが2必要と表示されていた。
(次はスキルポイントを貯めて、その次でどれか獲得しよう)
ウィングバグとの激戦の疲労はまだ残っていたが、それ以上に、スキルツリーが拓けていくことへの期待が勝っていた。
筋力を補ったことで、身体全体のバランスも良くなってきているのを感じる。
俺はもう一度、短剣を強く握ってみた。さっきまでとは違う、確かな圧と反応が指先から返ってきた。
「……よし。まだ、やれる」
俺は魔導書を閉じると、深く息を吸い、再び通路の奥へと歩みを進めた。
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