第15話 先駆者

 彼女は悪魔だ。

 人に化け、その社会で生活している。


 ヒトの世には、ゲーム実況という文化が存在する。

 プレイする者のリアルタイムの映像とともに、ゲーム画面をライブ配信するというものだ。それを生で見て、満足する人間は配信者へお金を支払う。

 始めの頃は趣味の一形態だったものが、今や業界化し、ゲームメーカーも配信者に自社製品の宣伝を託すようになった。

 批評家はプラトンの時代から存在し、それが力を持ち産業化するのもまた、繰り返されて来たヒトの営みだ。


「今日もハイパートリオやりまーす」

 彼女もゲーム実況を齧っていた。

 主にレトロゲームをプレイしている。単調なゲームを淡々と実況し、誰もがつけっぱなしにできるような作業動画的な配信だ。彼女はあまり喋らない配信者だった。長く生きる悪魔は、何事も怠惰へ陥りやすい。

 固定ファンは存在するが、同接は少ない。コメントもまばらだ。家計の足しにならない。

 そこで新型のゲーム機を手に入れ、その開封動画などで跳ねようと考えたが、転売屋に阻止されたのだった。悪魔の手にゲームを渡さない、英雄的行為だったかもしれないが、彼女が喜ぶ義理もない。

 今も呪っている。

 ネットワーク上で目立とうと考えれば、七つの大罪を念頭に置くというのが悪魔の経験則だ。怠惰では埒が明かないと悟り、彼女は別の方向から攻める手立てを考えた。


「オイ!! トリオ三号! しっかりしなよっ! 落ちるな!!」

 わめき散らししながらゲームをプレイする憤怒女、というのは一部で話題を呼んだようだ。

 リスナーの数は徐々に増えていった。しかし、爆発的ではなかった。怖いもの見たさで来る人間と、飽きて去る者とが、いつしかイーブンになった。そして、徐々にリスナーが減り始める。やはり怒りというものは、持続性に欠けるようだ。

 ある日いつも通り「トリオ!」と部屋で叫んでいると、玄関のドアが激しく叩かれた。

「クォラッ!! 毎日うるさすぎるよ!」

 隣の部屋に住む女の凸だ。ヤツを怒らせるのは、悪魔の彼女でもやっかいだと感じている。それに時々食べ物をくれる。和解するべきだった。

 悪魔は素直に謝罪し、穏便にすませた。

 しかし彼女はほくそ笑む。元々この路線に限界を感じていた。ちょうど潮時だったのだ。


 悪魔は七つの大罪と、それに対応する界隈の状況を整理した。

 十戒についても考えたが、あれは禁止事項ばかりだった。それを破る動画はすべからく迷惑系になる。今のところ炎上商法を行うつもりはなかった。

 彼女は、七つの大罪の方向からの参入を探る。


「強欲」

 散財する様子を見せ、視聴者に疑似体験させるというモデルは、すでに存在する。

 彼女の財力で、同じことをするには心もとない。却下とする。


「色欲」

 これはゲーム実況に限らず、ネット上にはあらゆるものが溢れている。

 動画配信サイトの規約内での対抗は不可能だ。却下となった。


「暴食」

 これは以前試みたことがあり、凍結中。


「嫉妬」

 彼女がこれを見せて、継続的にヒトを集めるのは難しいと考えられた。

 ルサンチマンは取り扱いが難しく、ドラマなどで瞬発的に見せて、客を満足させるのがせいぜいだと思われる。配信でこれを狙うと、わずかなミスが炎上を招く。

 難易度は高いが、瞬発力がありそうなので保留とした。


「怠惰」

 これはすでに実行中だ。ただ、得をするのはリスナーだけのように感じる。

 実際、怠惰と怠惰が出会って金になるとは思えないでいた。保留。


 残ったのは傲慢だった。

 これを実況にどう活かすか、彼女にはもうアイデアがある。


「フハハハハ! 悪魔の集会へようこそ!! フヘヘヘヘ!

 さぁ、今日はハイパートリオで、貴様らを地獄へ連れて行く」

 傲岸不遜の女が悪魔を騙ってレトロゲームをやる。思い付いてもヒトにはそう実行に移せない手だ。彼女はほくそ笑む。悪魔に羞恥心はないも同然なのだ。

「トリオ三号ッ、元気を出してっ! フハハ」

 彼女は、すべてが噛み合っているように感じている。

 この手法は滑り出しもよく、リスナーも右肩上がりに増えていった。


 あるロールプレイングゲームの配信中、彼女は、想定外の苦戦を強いられ、思わず「泥人形め!」と叫んだ。

 その途端コメントが大量に流れ始めた。彼女はプレイしながら横目でそれを追う。

「悪魔殿下だ!」「やっぱり芸風似てるよね」「閣下だ」「似てる!」

 彼女は慄然とする。

 もしかすると、同じことをやっている同族がいたのかもしれない。

 彼女は配信を切り上げ、ネットでその情報を調べた。

「悪魔殿下……」

 すでにヒトの皮を被った悪魔と公言しながら、長年表舞台に立ち続ける男がいることが分かった。実は人間であると暗に仄めかしてはいるが、それは悪魔の手管であるようにも思われた。おそらくあの白井などより、よほど格上の個体だろう。初めて目にする名前だが、地獄の実力者が気まぐれに地上で遊ぶのは珍しいことではない。

 彼女はすでに顔バレしている。縄張りを荒らしたと知れば、相手は殺しに来るかもしれない。彼女はこの路線での配信を断念した。


 それからは、以前のように怠惰系配信者として日々を過ごしている。

 ヒトはよく悪魔は臆病だと言うが、それは別の長命種も同じだ。

 長命な者ほど危険を避け、命を大事にするものなのだ。

 長く生きる者は、物、ヒトすべてを置き去りにして自分だけ進み続ける。いつも気がつけば、手にしているのは己の命だけだ。だからそれを大切にする。

 何かに情熱を傾け、すべてを捧げるのは寿命のある者の特権なのだ。

「悪魔殿下……かなり古い悪魔みたいだけど、誰なんだ……」

 ヒトの世に上手に溶け込んでいるその男に、彼女は少し嫉妬している。

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