【第7章】重なる過去とつながる未来

第一節 それぞれの過去、そしてひとつの絆

「ただいまー……って、誰もいないか」




さちが玄関の鍵を開け、3人を中へ招き入れる。


午後の陽が傾きはじめた家の中は静かで、ほんのり涼しい空気が漂っていた。




「うち、ふつうの家だから、あんまり期待しないでね」




「いや、全然! むしろ落ち着く!」




「いいにおい。なんか、やさしい感じ」




靴を脱ぎながらリンがそう言い、さちは苦笑いを浮かべた。




「お母さん、今日は仕事。夕方までは帰らないと思う」




まずはずぶ濡れのハルをお風呂場へ。




「服、これ着て! ちょっと大きいけど……」




「ありがと、さち!」




バスルームのドアが閉まると、残ったユキとリンはさちの案内で2階へ向かう。




途中、リビングの隅に置かれた小さな仏壇と、その脇の写真に目がとまった。


写っているのは、やさしそうな笑顔の男性。




「……さちの、お父さん……かな」




ユキが小さくつぶやいた。




2階の部屋に入ると、そこは整頓された、ごく普通の女の子の部屋。


ただ、勉強机の上には水入りの3キロダンベルと、何冊ものトレーニング関連の本が置かれていた。




「すご……ここにも努力のあとがあるんだね」




ユキがそっと言う。その横に、さきほどの男性と同じ写真が、小さな額に入って飾られていた。




ちょうどそのとき、シャワーを終えたハルがさちの服を着て2階へ上がってくる。


それと同時に、さちも湯呑みを乗せたお盆を手に部屋へ入ってきた。




「おまたせ、お茶いれたよ」




「ありがとー!」




4人がそろったところで、ユキが少し表情を曇らせながら口を開く。




「……ねえ、さち。あの写真の人……さちのお父さん、だよね?」




さちは少し驚いたように目を見開いたが、やがて静かにうなずいた。




「……うん。お父さん。もういないの。事故で亡くなって……」




言葉を選びながら、ゆっくりと語り始めた。




「小さい頃、いつも一緒に体を動かして遊んでくれてた。走ったり、キャッチボールしたり、肩車してもらったり……。関西に住んでたんだけど、事故のあと、お母さんとふたりでこっちに引っ越してきたの。親戚がいるから、何かあったとき頼れるようにって」




「この家も、もともと親戚のおじいちゃんが住んでた家で、しばらく空き家だったところを貸してもらえることになったんだ」




静かに話すさちの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。




「前の学校では、なんとなく浮いてて……ひとりでいることが多かった。でも、ここに来て、みんなと出会って――ほんとに、世界が変わったの。トレーニングを始めて、少しずつ自分に自信が持てるようになったし、何より……毎日が楽しいって思えるようになった」




ユキがそっとさちの手を握った。




「……ごめんね、さち。そんなこと、知らなかったのに」




さちは小さく首を振った。




「謝らないで。今日、みんながうちに来てくれて、話せてよかったって思ってるから」




黙って聞いていたハルが、さちの隣に腰を下ろす。




「さちの過去があったから、今のさちがいるんだよ。でもさ――今は“チーム・トレノ”でしょ?」




リンもにっこり笑ってうなずいた。




「Family doesn’t always mean blood. Sometimes it’s the people who never let you down.」




「だから、これからもずっと一緒だよ!」




4人は肩を寄せ合い、そっと額を合わせた。




「……うん、ありがとう。みんな、大好き」




さちが心からの笑顔を見せたとき――




「あ、さちの服ありがとね! でもさ……ちょっとだけ、肩と腕まわり、きついかも~」




ハルがシャツを引っ張って笑う。




「えーっ、それって私の服が小さいんじゃなくて、ハルの腕が大きくなったんでしょ」




「かもね~。だってさちも、前より明らかにたくましくなったし!」




「わかる! 腹筋とか、最初に比べたら完全に割れてるし!」




さちは頬を赤くしながらも、嬉しそうに言った。




「ほんとに……体も心も、みんなで鍛えてきたんだなって、実感できるよ」




そのまましばらく、4人はさちの部屋でのんびりと過ごした。


笑い声と湯呑の音が、穏やかに部屋に響く。




やがて、陽が傾き始めた。




「そろそろ……リンの家で、今日のトレーニングしよっか」




「よーし、今日のテーマは“柔軟と集中力”だね!」




「うん! しっかり気持ちを切り替えて、次に向かおう!」




「Let’s go, Team Toreno!」




笑い声を交わしながら階段を降り、靴を履き直す4人。


さちの家の玄関が閉じられ、夕焼けの下へ――4つの影が並んで走り出していった。


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