第二節 決勝の向こう側へ

「スタート台にご注目ください。女子100メートル自由形・決勝――まもなく、スタートです」


会場の照明が静かにプールを照らす。観客席のざわめきが次第に収まり、空気が張り詰めていく。


第5レーンにハル、第6レーンにユキ。

ふたりはスタート台に立ち、ゴーグルを整えると、視線を交わした。


「――行こう」

「――うん。最後まで、わたしたちらしく」


そのやりとりは声に出さなくても、すべてが通じていた。


プールサイドの観客席。

さちは息を呑んで見守っていた。膝に置いた手が震えている。けれど、それは不安からではなかった。


(ここまで来た。ふたりは、すべてを出し切る準備ができてる)


「位置について――」


ピーッ!!


飛び込む音、水しぶき、空中から水中へ沈む瞬間。

ふたりのフォームは、これまでのどの練習よりも美しかった。


ハルは前半型。

スタートの反応は完璧で、力強いキックと肩まで伸びるストロークが水を切っていく。


ユキは後半型。

前半は抑え気味に泳ぎ、折り返しから一気に加速。ターン後の25メートルで、ぴたりとハルに並んだ。


(並んだ……!)


さちは息を止める。


ラスト10メートル――

ふたりの指先が、ほとんど同時に水面下でタッチ板へと伸びていく。


観客席から歓声が上がった。


「ゴーーールッ!!」


アナウンスが響く前に、さちは立ち上がっていた。


電光掲示板に映る名前とタイム。


1位 白水ハル 1分08秒21

2位 白水ユキ 1分08秒47


「ハル! ユキ!!」


思わず声があふれ、さちの目に涙がにじんだ。


コーチが拍手を送りながら、ふたりに近づく。


「よくやった。これ以上ないレースだった。誇っていい。――全国大会出場だ!」


ハルとユキは、タッチ板につかまりながら息を切らし、顔を見合わせた。


「……勝ったの?」

「うん……やったよ、わたしたち!」


笑って、泣いて、プールのなかでふたりは抱き合った。


表彰式のあと、すぐに取材が始まった。

地元テレビ局のスタッフがマイクを向ける。


「おふたりは双子で、見事ワンツーフィニッシュ。どんな気持ちでこの大会に臨みましたか?」


ハルは少し照れながら答える。


「ずっと一緒に練習してきたから、今日は“ふたりで最高のレースをすること”だけ考えてました」


ユキも頷いて続ける。


「誰かに勝つことより、“自分の中のベスト”を目指しました」


「おふたりの絆、感じられる素晴らしいレースでした。全国大会でも期待しています!」


拍手が会場に広がった。


大会後、三人はいつものトレーニングルームに戻っていた。


「……ほんとに行くんだね。全国に」


さちが、感慨深げにつぶやく。


「うん。でも、わたしたちは変わらないよ。明日も練習して、また一緒に笑って――」


ユキがさちを見つめて言った。


「さちも、一緒に行こう。次は、あなたの番だよ」


さちは、小さくうなずいた。


「うん。わたしも、自分のレースに向かっていく」


三人の笑顔が、窓の外の夏空に向かって広がっていった。


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